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動物園(漫画日記3月第4週)

誘われて動物園に行った。

ブログに精神的にヤバいみたいなことを書くのは抵抗があるけど、ちょっと2月下旬あたりから精神状態があまり良くなくて少し鬱々としていた。一日くらい気が塞ぐことはたまにあるけど、結構長めにメンタル的な調子が悪くて本当に困った。体が健康なのは救いだ。

動物園に行ったのはよかったと思う。
動物を見るのはヒーリング効果がある。欲を言えば少し触れ合いたかったけど、上野動物園は基本そういう場ではないので仕方ない。

いずれオービィ横浜に行きたい。

誘われたので行ったけど、自分から大人数を誘ってどっかに行くのはできない。頑張れば2人は誘えるけど、それも相当頑張る必要がある。

自分は誰かに誘われて嫌な気持ちがすることはないし誘われれば、むしろ基本は嬉しいのに、あんであんなに人を誘うのは勇気がいるんだろう。

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ここ何年か時間経つのが早く感じない。

「時間経つのって早いね」って日常的にも頻出しやすいワードだけど、それに対して「最近はそう感じないなあ」と言うと「それは充実してるってことだよ」と返されることがよくある。

「充実してると時間が経つのが遅く感じるようになる」って、僕は体感としてはそうはあまり感じないのだけど、みんなそうなの?

まあ、でも確かにアックスで漫画を発表するようになった以降(2015年以降)は時間が経つのがゆっくりに感じるようになった気がするし、定期的に作品を発表するという蓄積のある行為をすることで「日々を無為に過ごしてる感」を無くしてくれているのかもしれない。

それでも日々が充実しているという感覚は特にない(これは資質的な問題で、僕は何があっても「今は充実してるなあ」と感じにくいのかもしれない)。

こういうやりとりがあると、言ってることの内容をそのまま受け取ってもらえないことって多いよなと感じる。

誰かと話していて話が噛み合わなくなる原因の一つに、端的にそうであるという事実を言ってるにすぎないのに、それに付随する価値判断や、解釈も同時にされてしまうということがあると思う。

例えば、[少数派/多数派]という言葉には本来、[数が多い/少ない]の意味しかないはずだけど[少数派]には「個性的(でカッコいい)」、[多数派]には「凡庸(どこにでもいる)」みたいな意味もあるので、単に数が多いという意味で「君は多数派だね」と言ったつもりでも、何か否定的なこと言われているように感じさせてしまうことがある。

これは、一例だけど、そういうことはよく起きているとは思う。

人は端的にそうであるということを受け入れるのは難しいのかもしれない(自分だってストレートに受け取らず何か余計や解釈をしてしまうことは多々ある)。



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てらだこうじ

漫画を描いてます。あと日記も。mail:teradakoji09@gmail.com
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