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音は確かに「そこ」に存在していた  サカナクション「暗闇ライブ」体験レポ

今回は、愛知トリエンナーレで開催されていたサカナクションの暗闇ライブを体験しての感想を書いていく。2017年、そして今年に開催された「6.1chサラウンドライブ」を音の可能性を拡大するライブだとするならば、今回の「暗闇ライブ」は音の存在を証明するようなライブだったと僕は確信している。

今回のライブは以下の内容で行われた。

プラクティス チューニング リズムのずれ

第一幕 Ame(C)

第二幕 変容

第三幕 響

第四幕 闇よ、行くよ(演出なし完全暗転)

まず、会場の雰囲気とライブが始まるまでの様子だが、全体的に会場は少し不気味で、緊張感に包まれていた雰囲気だった。会場は青紫の照明で照らされ、少し暗めだった。会場のBGMもお寺の鐘のような音が「ボーン」と鳴り響いていた。

それに加えて、黒子のような衣装を身につけたスタッフがグルグルと会場を回っており、これから何が始まるんだろうという得体の知れなさが、よりライブの不気味な雰囲気や緊張感を生み出していたように思う。

ステージの様子はというと、ラップトップでの演奏のために、機材が乗った台が5つだけ用意されているというシンプルな作りだった。開演直前になると、その台が組み立てられて、5つの箱のようなものがステージに並んでいた。

開演時間になると、メンバーが登場。メンバーの衣装はネイビーを基調とした暗めの服装だったと思う。それぞれの箱の前へ移動し、一礼。そのまま一言も話す事なく、箱の中に入り、暗闇ライブがスタートした。一郎氏の箱の後ろには縦長のスクリーンが登場し、ここで毎回の演目名と映像演出が投影されていた。


プラクティス チューニング リズムのずれ

暗闇での音楽体験に慣れるための導入だった。じわじわと暗転していき、メトロノームのような「カチカチ」という音を暗闇の中で味わった。左右別々に流れていた音が、バラバラのままで「カチカチ」と音を刻んでいくのが何とも不気味だった。音の不気味さに加えて、暗闇に慣れていないということもあり、僕自身ここのコーナーが1番怖かったと思う。 


第一幕 Ame(C)

ここから暗闇ライブの本編だった。会場全体を覆い尽くすような雨音と時折雷の音、そしてビニール傘を開く一郎氏の映像が流れ、まるで雨の中にいるような不思議な感覚がした。

ここではまず暗闇ライブの凄さを体感した。時折流れる雷鳴の映像を除けば、ここではほとんど視界が奪われていたため、どこから音が流れているのかが全く分からなかった。当然ながら自分の聴覚でしか暗闇の世界を掴むことができないのだ。もし、ここで視界が良好だったなら、ここまで雨に包み込まれているような感覚は体験できなかったと思う。目で見えないからこそ、耳で音を一生懸命に掴もうとする。そんな音でしか判断できない状況だからこそ、雨音に包み込まれたような体験ができたのだと思う。

そして、Ame(C)という曲名からも分かるように、これまでサカナクションの中で歌われてきたAmeシリーズに連なる楽曲でもあった。

バンドサウンドだった「Ame(A)」から、打ち込み感の増した「Ame(B)」へ。そして、本当に雨の中にいるように感じさせてくれる「Ame(C)」へと、サカナクションの中で受け継がれてきた「Ame」がより本物の「雨」へと確実に進化していることが分かった。(B)から(C)への繋がりとして、Ame(B)の中で聞こえる女性の声が「Ame(C)」でも使用されていた事も書いておきたい。

ちなみに、ここでは傘を差した一郎氏が不意にステージの最前へ現れるので、思わずびっくりしてしまったし、あの短時間でどうやってラップトップが置いてある箱へと戻ったのかと不思議に感じた。

第二幕 変容

ここでは映像演出からスタートした。どこかの家の台所で汗ばみながら、茶碗の中の茶柱を覗き込む女性が登場する。何者かの視線を感じるのか、女性はどこか落ち着きがなさそうな様子だった。そんな中で『茶柱』のピアノのイントロが流れてくる。映像の内容に比べ、『茶柱』の、メロディーが優しくかつ丁寧に鳴り響くのが印象的だった。

続いて、流れてきたのが『ナイロンの糸』。こちらはほぼ暗転の中で、ステージの上に光っているかどうかも分からない小さな点が現れた。音が鳴っていくにつれて、この点の数が次第に増えていき、やがて正面のモニターにモノクロの海が現れた。視界が開けてくるにつれて海が現れ、サビの「この海に居たい この海に居たい」と歌われる見事なこのシンクロにグッと込み上げてくるものがあった。

『茶柱』、『ナイロンの糸』共に暗闇の中で聴く事で、より楽曲になめらかさやしっとりとした雰囲気がより増して、身体にすっと染み込んでくる優しさがこの変容のセクションにはあったと思う。


第三幕 響

ここではラップトップ形式をやめて、メンバーそれぞれが用意された楽器に持ち替えて演奏を披露した。和太鼓、拍子木、鈴など和楽器を中心としつつも、一郎氏はパッと見では何の楽器か分からないものだった。

まずは鈴を持った草刈姐さんが静寂を切り裂くかのように鈴を鳴らす。静かな会場の中に「リン」と鳴り響く鈴の音が気持ち良い。次第に鈴の音が広がっていくなと思っていると、開演前に会場を回っていた黒子たちも同じく鈴を持ち、草刈姐さんと同じタイミングで鈴を鳴らしていた。

続いて、エジーが和太鼓を力強く打ち、ホールの中に和太鼓の響きが広がっていく。先ほどの鈴の音もそうだが、このセクションでは、ホールの中に響き渡っていく音の広がりが強調されていたように思う。そんな広がりをしっかりと聞き取ろうと客席もじっと身動きせず耳を澄ませていた。

続いて、照明のタイミングに合わせてそれぞれのメンバーが楽器を奏で始める。始めは、1音1音の音の響きを奏でていたが、ここからはそれぞれの響きが重なりあって大きな音の集合体が生まれていた。お互いの音を活かしつつも、それぞれの音がはっきりと聞こえるくらい絶妙なバランスで音たちがホールの中を駆け巡っていたように思う。

一旦照明が落ちたかと思うと、一郎氏の立ち位置からサーチライトの光が会場内を駆け巡る。ここで不思議だったのが、音の位置だ。ライトが右上に照らされていると右上から人の話し声がするし、自分の正面に光が当たると目の前から話し声が聞こえてくる。どうやら一郎氏の持っていた機材は指向性スピーカーだったようだ。

光の当たる先に、人の話し声が流れていくのが面白い。まるで、光が音の存在と流れを証明しているかのようだった

最後には、照明が点灯する中でメンバー全員、会場の黒子たちでそれぞれの楽器を激しくかき鳴らす。照明がチカチカと点灯する中であるし、楽器を演奏するメンバーの姿もしっかり目視できる状態であったので、先ほどよりも音の力強さが増して、トランス感を感じさせたのが印象的だった。それぞれが鳴らした1つ1つの音が力強くなり、重なっていく中で生まれる音の広がりと響きがここではよく体感できたように思える。

第四幕 闇よ、行くよ

最終幕の「闇よ、行くよ」はこれまでとは異なり、一切の照明演出なしで行われた。ここで、これまでに養われてきた聴覚が一気に冴えてくる。聴覚が鍛えられて、音の感じ方がガラリと変わった事がよく分かった。

例え音の出先が見えないとしても、確かに音が「そこ」に存在していると感じる事が出来るのだ。「ボー」と鳴り響く低音たちが僕の目の前で大きな壁のように立ちはだかっているように感じるし、あらゆる音たちが僕の周辺を駆け巡っているのだ。まるで音たちが生き生きと跳ね回っているかのように聴こえるし、感じられる。特に低音が素晴らしく、最前列という事もあってか、身体にどんどん低音がぶつかってくる。音がぶつかってくるとここまで気持ち良いのかというのを僕はここで初めて体感した。

「闇よ、行くよ」はこれまでの中で音の力強さだったり、跳ね回っているという感覚だったりが間違いなく1番強かった。その正体は明転後に明らかとなった。壮大なクライマックスを終えると、メンバーの後ろになんとスピーカーが仕込まれた空間が広がっていたのだ。つまり、最後の「闇よ、行くよ」の時にだけ、奥の空間が開き、スピーカーの数が増えることによって、より音の力強さや、広がりが増していたということだろう。

続いて、メンバーが登場し、再び一礼。そして決して振り返ることなく、彼ら/彼女らはステージの奥=暗闇へと歩いていく。まさに「闇よ、行くよ」だ。その足取りはしっかりと前を見据えたように、堂々と歩いていく。この瞬間が何よりもカッコ良い。そんな彼ら/彼女らのこれからを見送るかのように、客席からは拍手が鳴り止まなかった。僕自身も夢中で拍手を送っていた。

「暗闇ライブ」を終えて

ライブが終わって帰路に 改めてこのライブの凄さに気が付いた。それは、聴覚がかなり研ぎ澄まされているのだ。電車の発着音や人の話し声など、あらゆる音が街には溢れているし、どこからそれらの音が気になって仕方ない。僕らは今までどれほど音に対して耳を傾けてきたのだろうか? それはライブも同じで、果たして僕らはライブを「聴きに行った」のだろうか?それとも「見に行った」のだろうか?これまで当たり前で疑おうとしなかった「聴く/聞く」という価値観がガラリと変わった。僕らは音を「聴」いているようでいて、「聞」いてしまっているのだ。そこに存在しているはずの音たちを「聴」き逃してしまっているのだ。

目には見えないけれど、そこには音が確実に存在していて、駆け巡っているのだということを体験として理解させてくれる「暗闇ライブ」だった。ぜひこれっきりと言わず、次回もどこかで開催して欲しい。そして、また僕らの「聴く/聞く」という価値観を壊して欲しい。


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