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脳内に文字イメージを直接送り込める!?(Rueさんの特別講演を聞いて)

この記事を書こうと思ったきっかけ

先日、私は理系集会に行ってきた。元々理系集会があること自体は知っていたが、行こうと思ったときには、フルインスタンスになっていてなかなかJoin出来なかったのである。異分野の方とお話するのは、とても楽しい経験だった。

また理系集会後半にあった、特別講演もとても興味深い内容だった。脳に電極を刺す……というとSFチックなイメージを思い起こさせるが、既に研究ではよく行われていることだと聞いて、衝撃を受けた。

本記事では、特別講演中にあった「脳に埋め込んだ電極に対し、Zの形で順番に刺激を与えると、Zの文字が見えた」とするスライドの情報元となった論文について、簡潔に解説していこうと思う。私は脳科学が専門ではないため、指摘等あったら、コメント欄で指摘してほしい。ちなみに該当の論文は、2020年に発表された比較的新しい論文である。

該当の論文は、下記リンクから閲覧可能である。

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)30496-7?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867420304967%3Fshowall%3Dtrue

Dynamic Stimulation of Visual Cortex Produces Form Vision in Sighted and Blind Humans

概要

該当論文の研究内容は「脳内に直接文字イメージを送り込めるか」というものである。既に先行研究において、脳に電気刺激を与えることで、眼閃(がんせん。目を閉じた状態で光を感じる現象をいう。英語ではphospheneと呼ばれる。)を作り出せることは知られていた。今回紹介する論文では、眼閃という現象を用いて、目が見える人と目が見えない人に対して、アルファベットを伝達できないか検証を行っている。

どのようにして文字を伝えたのか?

素朴な案

例えば下図のように、脳内に電極を埋め込んだとする。すると電極を埋め込む位置が異なっているため、眼閃が生じる位置も異なる。(論文中では、脳内に埋め込んだ電極に対応する眼閃をマッピングしたグラフをphosphene mapと呼んでいる。)

ここで、A,B,C,D,G,Hに同時に刺激を流せば、右斜めに傾いたFという文字を伝えられそうな感じがしてこないだろうか?

二つ目の案

しかし、この試みは上手くいかない。複数の電極に同時に刺激を与えると、別々の眼閃ではなく、一つの眼閃として認識されてしまうためである。

そのため、A->B->C->D->H->C->Gのように順番に電極を刺激する必要がある。これを論文中では「相手の手のひらを、同時にZの形に押すと一つの感覚にまとめられてしまって、Zの形に押されたと認識できない。しかし、Zの形になぞると、相手はZの形になぞられたと認識できる」と例えている。(Introduction Figure 1 Stimulation Paradigms for Visual Cortical Prosthetics)

注釈:厳密には、A->B->C……のようにはっきりとスイッチングしているわけではない。t=0[s]のときに、Aに10[mA]Bに0[mA]、t=0.5[s]のときにAに5[mA]Bに5[mA]、t=1[s]のときにAに0[mA]Bに5[mA]のように、段階的に電流を調整している。(電流値、時間は例の提示のために適当な値を置いている)こうすると、A点とB点で「線が引かれているかのような」感覚を与えることが出来る。論文中では、A点とB点に仮想的な電極を置けるという意味合いで仮想電極(Virtual electrode)と呼ばれている。

実験手順

(実際には目が見える人に対しても実験が行われているが、本記事では省略する)

実験は二名の視覚障碍者に対して行われた。ここでは、元論文の記載にならって、一方の視覚障碍者をBAA、もう一方の視覚障碍者を03-821と呼称する。

いずれの視覚障碍者にあたっても、初めにphosphene mapの作成が行われた。視覚障碍者BAAの埋め込まれた電極の位置と、phosphene mapはそれぞれ元論文Figure 5 B、Figure 5 Cに記載されている。視覚障碍者03-821の埋め込まれた電極の位置と、phosphene mapはそれぞれ元論文Figure 6 B、Figure 6 Cに記載されている。

視覚障碍者BAA

視覚障碍者BAAに対しては、ランダムに選択したアルファベットの信号を脳内に送って、視覚障碍者BAAが見えたアルファベットを書くという実験が行われた。28文字中23文字が正確な文字の形を描けている(正答率82%)(p<10^{-5})と判定された。

なお、元論文中には、実験中の様子が撮影された動画(Video S2)が存在する。動画冒頭(Blind Subject Location of Phosphenes for Individual Electrodes)では、phosphene mapの作成、それ以降では様々な文字の刺激を与えて、視覚障碍者BAAがタブレット上に文字を描画する様子が撮影されている。

視覚障碍者03-821

視覚障碍者03-821に対しても、視覚障碍者BAAと同様の実験が行われた。W・N・M・Uの中からランダムに選択したアルファベットの信号を脳内に送り、その信号によって見えたアルファベットをタブレット上に書きながら、どのアルファベットが見えたかを正しく回答するというものである。

実験の結果、40文字中36文字が正確な文字の形を描けている(正答率90%)(p<10^{-5})と判定され、40文字中37文字(正答率93%)(p=10^{-15})のアルファベットを正しく認識することができた。この実験の様子は、元論文中Video S3に撮影されている。

論文全体を通しての私見

正答率がめちゃくちゃ高い。特に視覚障碍者03-821においては、正答率90%越えを叩きだしている。かなり鮮明に文字が見えているのだろう。
また、ここまで文字が鮮明に見えるということは、図形のイメージも伝えられるということである。実際、論文中のDiscussionには

While we tested only letter-like shapes, the outlines of other common objects, such as faces, bodies, houses, cars, tables, or chairs could also be traced using the same principles.

【訳注:今回の実験では】単純な文字の形のみでテストしたが、顔、体、家、車、テーブルといった他の一般的な物体の輪郭も同じ原理でトレースすることができるだろう。

Dynamic Stimulation of Visual Cortex Produces Form Vision in Sighted and Blind Humansより。

と記されている。これは視覚障碍者の教育において、視覚イメージがないと理解が難しい概念(例:数学のグラフ、図形)を伝えられる可能性を示唆している。もし図形を頻繁に書き換えられるのであれば、コンピュータゲームを作れるかもしれない。

もちろん課題もある。電極を脳内に埋め込むのには、手術が必要である上、電極に流す電流の調整、phosphene mapの作成、刺激を与える電極の順番の決定など、多くの手間がかかる。特に電流の調整を誤れば、健康上の重大な被害を及ぼす可能性もある。

実用に向けての課題は数多く存在するが、それを差し引いても大きな可能性を秘めている研究だと考える。

最後に

貴重なご講演をしていただいた、日本神経科学学会ニューロナビゲータのRue様、そして理系集会にこの場をお借りして感謝申し上げます。



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