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ボーイング社における品質問題

日本企業の品質問題がたびたび報道されますが、もちろん日本だけの問題ではありません。それにしても飛行機の製造過程に問題があったなんて、背筋が凍ります。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

2024年1月5日、アメリカ上空を飛んでいたアラスカ航空1282便のドアが吹っ飛んで機体に穴が開き、緊急着陸しました。

ボーイング737は10,000機以上を売り上げたボーイング社のベストセラー機です。1968年より就航され、型式をアップデートしながら今も製造が続けられています。

その低燃費版として2017年に登場したのが737MAX。ところが、早々に痛ましい事故に見舞われます。

  • 2018年 ジャカルタを飛び立ったライオン・エア610便が離陸直後に誤作動を起こし墜落、乗員乗客189名全員死亡

  • 2019年 エチオピアのボレ空港を離陸したエチオピア航空302便が離陸直後に墜落、乗客乗員157名全員死亡

737MAXは世界中で運航停止に。
ボーイング社はCEOが交代し、品質管理を全面的に見直していたはずだったのですが……
いったい何が問題だったのでしょうか?



専門家パネル報告書に挙げられた問題点

2024年2月26日、米国航空機法(Aircraft Certification, Safety and Accountability Act, ACSAA)の定めによる専門家グループ(「専門家パネル」)の調査報告書が公表されました。
専門家パネルは、航空機の設計・製造過程における安全管理プロセスをレビューし、その有効性を評価することを目的として設置されています。
※ACSAAの訳語が見つからなかったので、適当に「航空機法」と訳しています。

この調査報告書には、27の発見事項と53の改善提案が報告されています。
発見事項を中心に、報告書に挙げられている主な問題点をご紹介します。

なお、この報告書ではボーイング社の一部の取組みについては評価しており、導入途上で効果がフルに発揮できていなかったこともあったようです。
また、不正があったとは書かれていません。

「安全が最優先」の旗を下ろしていた?

ボーイング社の安全管理システム方針には、2022年までは「安全が最優先である」(we make safety our top priority)と記されていたのが、2023年に「安全は我々の基礎である」(safety is our foundation)に変更されていました。

米国航空機法や米国連邦航空局(FAA)の通達では「最優先」(highest priority)という似た表現を使っているのに、わざわざ変更したようです。

筆者の感想:
「基礎」という言葉も悪くないですが、なぜ変更したのか。"top"という言葉を避けてあいまいにしたかったのではないか、と思ってしまいますね。

新しい規制と古い管理体制が併存していた

米国連邦航空局により、安全管理システム(SMS)に関する新しい規制が導入されていましたが、ボーイング社ではそれまでの管理を継続した結果、両者が併存していました。

このため、従業員に報告経路や品質管理の仕組みが理解されず、混乱していたと報告されています。
問題が発生したときにも、誰に報告してよいか分からず、とりあえず上司に報告する従業員が多かったようです。

筆者の感想:
新規制導入前のパブコメで、ボーイング社は「新しい規制のメリットは小さい」などとかなりネガティブな意見を出していました。
結局、新しい規制は導入されますが、「既存の管理で十分なのに、ムダな規制を押し付けられた」「仕方ないので、形だけやっておこう」という姿勢だったと考えられます。

内部通報制度の機能不全

2019年に"Speak Up"ポータルサイトを設置し、従業員が内部通報しやすいようにしています。
ところが、従業員にはまったく信頼されていなかったとのこと。また内部通報してもフィードバックがなく、調査したのか、結果がどうだったのか分からないことが多かったようです。

アラスカ航空機の事故のあと、ボーイング社の従業員からは米国連邦航空局への通報が相次ぎ、議会で公聴会も開かれています。
そこでは、問題について声をあげると脅されるようなカルチャーがあったとの証言もされています。

筆者の感想:
2019年までも内部通報制度はあったはずですが、それにしてもアメリカを代表する企業で機能していなかったことは驚きです。

熟練者の減少

品質を担うベテラン従業員の退職が相次いでいるにも関わらず、同レベルの従業員の採用により補われていませんでした。
ほかに有効な対策も打たれていません。

筆者の感想:
1997年にボーイング社がマクドネル・ダグラス社を買収してアメリカで一強となったため、他社からの採用が難しくなったことも理由にあるのかもしれません。


ボーイング社の問題の背景

専門家パネルの報告書には取り上げられていませんが、メディアの報道では品質問題の背景として挙げられていることがいくつかあります。

利益重視の経営

まず、利益重視の経営に偏りすぎていたことが背景にあった、との報道があります。

ボーイング社が買収したマクドネル・ダグラス社が、コスト重視の文化を持ち込んだと考えられています。
社内での安全性の優先度が下がるだけでなく、コストカットのため部品の外注を進めた結果、サプライチェーンを管理する難易度も上がったとのこと。

それに加えて、2014年度から株主還元の一環として自社株買いを進め、その額は2017年度、2018年度に90億ドル(当時のレートで約9,900億円!)にまで達していました。

自社株買いに忙しくて品質に割く時間がなかった、なんてことはないと思いますが、利益最優先と合わせて、株主を目先喜ばせることしか頭になかったのでは、と言われています。

エアバス社との競争

ボーイング社が737MAXの開発を焦ったのは、エアバス社のA320neoが成功を収めたからです。
737とA320はライバルとしてしのぎを削ってきましたが、エアバス社が低燃費を売りにするA320neoをいち早く世に出し、これが高く評価されます。

737MAXはこれまでの737よりも大きなエンジンを積むことから、一定の条件の下では飛行時の姿勢を維持することが難しく、それをソフトウェア(MCAS)で制御することにしていました。

ボーイング社はMCASによって従来の737と同じように操縦できるため、フライトシミュレータによる訓練も不要とし、各航空会社のパイロットにはこのソフトウェアの存在すら知らされていませんでした。
このMCASが災いし、2018年、2019年の墜落事故が起こったと考えられています。

「低燃費」かつ「パイロットの追加訓練は不要」という航空会社にとってうれしいスペックを早く実現するために、安全が二の次になっていたと言われても仕方ありません。

考えてみると、エアバス社はフランス、ドイツ、イギリス、スペインの航空機メーカーを源流に持ち、各政府の意向も強く働いています。
純粋なアメリカの民間企業であるボーイング社より、よほど難しい経営を強いられていると思いますが、立派に競合にせり勝ち、しかもA320neoでは大きな事故もないことは不思議な感じがします。


おわりに

この記事を書いた意図は、皆さんが事業会社にお勤めであれば自社の、監査人やコンサルタントであればクライアントの、改善に役立てていただきたい、というところにあります。

しかし調べるにつれ、規制産業の悲哀も感じてしまいました。
専門家パネルの報告書からも、ボーイング社が安全のための膨大なルールや仕組みを整備・運用し、そこに大量のリソースを注いできたことが伺えます。それでも事故は起こってしまう…
規制当局があり、新しい規制を課してきて、隅から隅まで一点の抜かりもなく適用するって難しいよなあと思います。

しかし、航空機は人命を運ぶ仕事、監査も資本市場を下支えする重要な仕事なので、泣き言は言っていられませんね。
今日からまたがんばりましょう。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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