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日本大学の大麻問題から学ぶ【ガバナンスガチ勢】

不祥事が起こった場合、全容が明らかになってから神の視点&後知恵であれこれ言うことは簡単です。当事者の視点から時系列で出来事を振り返ることで、自分が似たような立場になったときに備えて学びとすることができます。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

日本大学のアメフト部の部員が大麻を使用した問題について、2023年10月31日に第三者委員会の「調査報告書」、11月30日に文科省に向けた「本法人の今後の対応及び方針について(回答)」(「文科省報告」)が公表されました。

「調査報告書」は94ページとボリュームとしては標準的ですが、誰がいつどこで誰に何を伝えたか、が時系列で事細かに記載されていることが特徴だと思います。

これらの文書に基づいてさまざまな切り口で教訓をくみ取ることができますが、今回は当事者の一人になったつもりで、事件の推移を一緒に見ていただきます。
「文科省報告」において「責任は最も重い」と評された副学長の澤田氏を取り上げます。

なお、以下は「調査報告書」「文科省報告」などの公表された資料に基づき作成したもので、私が独自に取材したような情報は含まれていません。
また、この記事の目的は、日本大学の大麻問題を題材としてガバナンスの向上のための気づきを得ることにあり、特定の組織や個人を批判する意図はありません。



前提となる情報

時系列で出来事を追いかけるために、押さえておくべき前提がありますので少しお付き合いください。

学校法人のガバナンス

ニュースなどの報道では、理事長だの学長だの、偉い人が登場して、どのような位置関係になるのか分かりづらいですよね?

学校法人日本大学の寄附行為には、以下のように規定されています。

理事会は、この法人の業務を決定し、理事の職務の執行を監督する。ただし、通常業務の範囲に限り、別に定める常務理事会が決定し執行することができる。(13条2項)
理事長は、この法人を代表し、法人の業務を総理する。(7条4項)
常務理事は、理事長を補佐し、この法人の業務の一部を分掌する。(9条2項)
学長は、この法人の設置する学校の教学に関する事項を統括する。(17条1項)
副学長は、学長を補佐し、学長の命により、この法人の設置する学校の校務の一部を分掌する。(17条の2 2項)

学校法人日本大学寄附行為より
(太字は筆者)

組織図では法人の下に学校があり、法人の長が理事長、学校の長が学長、と言えるでしょう。

主な登場人物

  • 理事長 林真理子氏
    日本大学芸術学部卒、作家

  • 学長 酒井健夫氏
    日本大学農獣医学部卒、元総長

  • 常務理事(総務、人事担当) 村井一吉氏
    日本大学法学部卒、元日本大学監事監査事務局長

  • 副学長(学生・就職、競技スポーツ担当) 澤田康広氏
    日本大学法学部卒、元宇都宮地方検察庁次席検事

この全員が、前理事長の脱税問題などを受けて経営刷新のため2022年7月以降に就任しています。
なお、村井常務理事の担当する「総務」には危機管理も含まれています。


2022年の経緯

「調査報告書」は把握された重要な事実を時系列で記載しています。
以下では、澤田副学長の視点から見えていたと思われる事実を抜き出して要約します。

2022年12月1日
警視庁係官2名が来校。薬物ホットラインに、アメフト部内に大麻使用者がいるとの匿名の通報が入ったと知らされる。

澤田副学長が応対。係官は、薬物乱用防止のための講習会を開催したいとのことでした。
澤田副学長は、同日酒井学長に報告しています。

実はこれに先立ち2022年10月にアメフト部員の保護者より大麻使用の疑いがあるとの情報がアメフト部監督に入り、11月27日に部員1名(調査報告書では「c部員」)が使用を認めています。
しかし別段の対応はとられず、澤田副学長に知らされたのは半年以上あとになります。

2022年12月21日
広報部より、毎日新聞より大麻使用疑惑について15項目に及ぶ具体的な質問とともに取材依頼があったとの連絡あり。

翌日、澤田副学長のもとに「アメリカンフットボール部で聞き取りの結果、大麻を吸った事実は確認しておりません」との回答案が回ってきました。
これを「…吸った事実はありません」と変更するように指示しています。

2022年は一旦これで収まります。


2023年の経緯

2023年6月30日
警視庁係官2名が来校。匿名メールにより、アメフト部員数名が大麻を使用しており、指導者も知っているとの通報があったとのこと。

これも澤田副学長が自ら応対。
同日のうちに酒井学長に報告しています。
酒井学長は、理事長には報告しておく、というようなことを言ったようですが、報告はされなかったようです。

2023年6月30日(同日)
アメフト部の学生寮を視察、在寮していた部員数名の居室内や共用部分を確認。不審なものは見つからず。
コーチにも質問するが、大麻使用の認識はないとの回答。

2023年7月4日
アメフト部の監督ら指導陣を呼び、警視庁からの情報を共有。何か知っていることがあれば直ちに教えてほしいと伝えたが、情報の提供はなかった。

前年11月のc部員の告白について、澤田副学長にはまだ知らされていません。
2日後に事態は大きく展開します。

2023年7月6日
警視庁を訪問。メールは作り話とは思えず、部の指導者は見て見ぬふりをしていると推察している旨を告げられる。まずは大学が調査するべきで、その内容次第で強制捜査を判断するとのこと。

2023年7月6日(同日)
夕刻、監督らとともに学生寮にて改めて荷物検査とヒアリング。
監督より、過去に大麻使用を自己申告した学生がいたことを知らされる。
ある部員(「f部員」)のベッドに備え付けられた鍵付き収納庫から、ビニールの小袋(パケ)の入った缶が発見される。パケには、植物片が入っていた。
f部員は先輩から預かったものとし、自らの使用は認めなかった。

この缶には、植物片のほかに錠剤もありました。澤田副学長はこの時点では錠剤には気づいていません。
澤田副学長は、この缶を本部にある自室に持ち帰ります。翌日、部下である競技スポーツ部長に保管を指示、同部長のロッカーに置いておかれることになります。
これがのちに大きな問題になります。

酒井学長には、翌日に報告しています。
また、7月13日になって林理事長にはじめて報告しています。
両名から別段の指示はなく、理事会に報告しようということにもならなかったようです。

2023年7月13日
学生寮でc部員をヒアリング。c部員は、前年夏に自ら大麻を使用したこと、複数の卒業した部員が使用していたことを認める。

ようやく澤田副学長によりc部員の自己使用が確認されます。

2023年7月18日
林理事長に届いた「日本大学アメリカンフットボール部父母会」と記載された告発文を競技スポーツ部長経由で受領。

告発文には、2年生部員の保護者であるとして、次のような内容が記載されていました。

  • 前年に大麻使用を認めた上級生がいたにもかかわらず大学はこれを隠蔽し、何の処分もしなかった

  • 7月上旬にアメフト部学生寮で植物片のパケが発見されたが、警察に通報されておらず、これも隠蔽するつもりではないか

  • この書面は各報道機関にも送る

澤田副学長は警視庁の担当警視に電話し、告発文を受領したことと、植物片が発見されていることを伝えました。

同日午後4時過ぎにさっそく読売新聞、朝日新聞から問い合わせのメールが届きます。
これに対して「植物片が見つかった事実はありません」「大麻が見つかった事実はありません」などと回答しています。
広報部からこの文言は澤田副学長は確認済みかとの質問があり、競技スポーツ部長がそうだと答えています。

2023年7月18日(同日)
監督よりメールあり、f部員が自己使用を認めたとのこと。

f部員に対しては、澤田副学長や監督などが繰り返しヒアリングしていますが、一貫して自分は使用していないとの供述でした。
ところがこれを翻し、ここで自己使用を認めます。

また、監督からのメールの中で、缶には錠剤も入っていたことが分かります。

翌7月19日に、林理事長と酒井学長に以下を報告します。

  • f部員が大麻の使用を認めたので、自首させる

  • 植物片の入っていた缶を警視庁に提出する

  • なお、缶には違法性が疑われる錠剤も入っていた

そして、同日正午ごろに担当警視に電話し、f部員を自首させようと考えていると伝えます。

2023年7月19日午後1時ごろ
警視庁係官が来校、取調べを受け、供述調書が作成される。

2023年7月19日(同日)夕方ごろ
f部員を面談し、大麻所持と使用を認めていることを確認。

2023年7月19日(同日)午後7時15分~10時10分
大学本部にて警視庁係官によるf部員の取調べが実施される。

同日、競技スポーツ部長が総務部との会話の中で大麻問題に言及、これを重く見た総務部長が村井常務理事に報告しています。
ここでようやく、大麻問題は危機管理担当である村井常務理事の知るところとなります。

翌7月20日、澤田副学長は村井常務理事から説明を求められ、面談しています。
そこで澤田副学長は村井常務理事に対し、
「警察と話を詰めており、大学での調査を優先させてほしい。あまり騒ぐと情報が漏れる。情報が漏れて学生が逮捕されたらその責任をとれるのか」
と伝えたのことです。

また、執行部会、常務理事会での情報共有を持ち出した村井常務理事に対し、「不起訴の可能性があり、警察も公表しない可能性が高い。学長も了解している」と反対したようです。

2023年8月2日
ネットニュースで「アメフト部員が同部学生寮内で大麻を使用しているとの情報があり大学が調査している」と報道される。

2023年8月3日午前11時

別件で招集された臨時理事会にて、林理事長から大麻問題について報告があり、次のように発言。
「学生寮で澤田副学長と学生部長が抜き打ちに学生の持ち物をきちんと了解をとったうえで調査しました結果、そういう違法な薬物は見つかっておりません」

理事会での報告は簡単なもので、澤田副学長からの補足もなかったようです。

そして…

2023年8月3日(同日)午後1時
警視庁が学生寮3階及び共用部分の捜査差押えを実施。その際に係官より以下を耳打ちされる。
・パケの中身は大麻と判明した
・錠剤には覚せい剤が含まれていた
・今も学生寮の約半数が大麻を使用しているか、大麻使用を知っているのではないか

2023年8月5日午前9時15分
f部員が覚醒剤取締法違反及び大麻取締法違反により逮捕される。

日本大学の大麻問題に見るガバナンスの課題

ここまでお読みいただき、お疲れさまです。
ここから考察に入りましょう。

澤田副学長の行動には、どんな問題があったのでしょうか?
「調査報告書」「文科省報告」ではいろいろ挙げられていますが、ここでは2点に触れます。

村井常務理事や理事会への報告が遅かった、またはなかった

「調査報告書」では執拗に、何かが起こる都度「村井常務理事への報告はなかった」とコメントしています。
危機管理責任者に知らせず、何の危機管理か、ということころでしょう。

また、ガバナンスを担うべき理事会へもほとんど報告されていません。

植物片の入った缶を長期間校内で保管した

問題の缶が発見されてから警察に提供されるまで、12日間を費やしました。

「調査報告書」は「保管期間は証拠の隠ぺいを疑われるほど長かった」と指摘。これが大学トップ層の問題とされることで、「社会からの批判や不信は単なる学生の違法行為の比ではない」と厳しく糾弾しています。


ガバナンスの問題が起こった背景

課題を認識したところで止まっていては、大した学びにはなりません。
どうしてそんなことになったのか、にも目を向けましょう。

澤田副学長の立場に立ってみると、重要なポイントは3つあると考えています。

学長、理事長には報告していた

「経緯」で分かるように、澤田副学長は酒井学長には比較的タイムリーに報告しています。そこで、別段の指示を受けたような記述は「調査報告書」にはありません。

理事長にも頻度は少ないですが報告しています。

警察から秘密保持を徹底せよと指示された、との誤った理解があった

2023年6月30日に警察からホットラインの情報を共有されたときに、澤田副学長は秘密保持の徹底を厳しく指示されたと理解しています。
このため、学内での情報共有は最低限に抑えようという意識が強く働くことになります。

しかし、その際の録音(ただし声は不鮮明)やメモを分析した結果、「調査報告書」は警察からそのような指示はなかったのではないかと結論付けています。

大きな問題にならないはず、との期待があった

澤田副学長の弁ではありませんが、次のような期待があったと想像できます。

  • 缶に入った植物片は、大麻ではないという期待

  • 植物片が大麻であっても、小さすぎて立件には至らないはずという期待

  • 警察は穏便に対応しようとしてくれているという期待

3つ目は説明が必要ですね。
6月30日に警視庁の係員が来校した際、「大ごとにならないように、学生に自首してほしいと言ってもらいたい」という発言がありました。
これは係員の個人的な考えとして伝えられたもののようなのですが、澤田副学長は警視庁の組織としてのスタンスと受け取っています。


日本大学の大麻問題から我々が学べること

今後、我々がガバナンス不全の張本人と名指しされるようなことにならないために、この3つの「背景」から次のことを学ぶべきだと思います。

直属の上司への報告で満足しない

組織によると思いますが、直属の上司に報告していれば、規定上はそれ以上の責任を問われないことがあるかもしれません。

それでも不祥事が起こると、ほかにできたことはあるのではないか、と責任を問われることになります。
特にトップに近い地位にいる場合は、上司の上司や、別組織の責任者へのアクセスはできるはずです。

上司が適切に動いているかを判断して、十分でなければほかのアクションを考える必要があるでしょう。

重要な前提はしっかりと確認する

何か重要な前提が所与とされて、それに大きく依存することがあります。

巨大な問題が勃発したり、次々と新しい事実が判明してパニック状態になると、何が前提になっているのか見えづらくなります。
そしてその前提がくつがえると、これまで描いていたシナリオが崩れ、想定していなかったような厳しい状況に置かれていることに気づきます。

何が重要な前提になっているかを明確にし、その前提が揺るがないように裏付けを取って進めないと危険です。

問題を矮小化したい本能と戦う

人間は誰しも希望を持っていたいものです。
先行きが真っ暗な中で、かすかな光があればそれにすがりたくなって当然。

しかし、ガバナンスを機能させるためには、最悪のケースも想定して動かないと期待外れに終わったときのダメージが大きくなります。

明るい材料と思われるものに信憑性はあるのか、もっとネガティブな材料を見落としていないか常に目を配り、問題を実態より小さくとらえていないかをチェックする必要があります。


おわりに

不祥事の当事者は、あとで振り返って「こうしておけばよかった」と後悔することがたくさんあると思います。
第三者である我々も、「こうしておけばよかったのに」というポイントを理解することは重要です。

しかし、その当事者と同じ過ちを繰り返さないためには、当事者から見えていた景色を想像して、自分がその立場になったときに果たして適切な行動がとれるか、と考えてみることが必要です。

今回のてりたまnoteがそのための手がかりになれば幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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