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アメリカでの確認手続の改正【監査ガチ勢向け】

米国PCAOBが確認に関する監査基準を改正しています。今さら確認の何を変える必要があるのか? 日本でも参考になると思います。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

2023年9月、PCAOBは確認に関する監査基準を改正しました。(以下、「改正基準」)
適用は少し先で、2025年6月15日以降終了事業年度からです。

アメリカの監査基準ですので、米国上場企業の監査を担当している一部の方々以外は関係ありません。
しかし、確認という非常に基本的な手続が対象のため、日本の我々にも参考にできるところがあると思います。

忙しい皆さんのために、今回お伝えしたいことを2点にまとめます。

  • アメリカでは確認でのメールはよく使われているらしい

  • 中間業者が介在する場合の手続は参考になるかも

あと、よかったら最後の「おまけ」だけでも見て行ってください。



改正が必要となった理由

この改正にあたってPCAOBが公表した文書(PCAOB Release No. 2023-008、以下「リリース」)では、改正の背景としていろいろ書いてありますが、主なものは二つに分類できます。

❶ 電子的な手段での確認が増え、手続の近代化が必要になった

リリースによると、アメリカではメールでの確認がすっかり市民権を得ているようです。

"…e-mailed confirmation requests and responses…have become commonplace."

メールによる確認依頼と回答は、普通に使われるようになった。

「リリース」Page 10より
(日本語は筆者による意訳。以下、同じ)

ところが、困ったことも起こっています。
フィッシング詐欺の対策として、監査人からの確認依頼メールには対応しないと宣言している金融機関があるのです。

一方で、銀行を中心に中間業者("intermediary")が介在するケースが増えているとのこと。
日本のBalance Gatewayもその一つでしょうね。
BGはむしろ監査法人が信頼性をクリアするように設立していますが、確認先が勝手に指定してきた業者を信用してよいのか、という問題があります。

❷ 相変わらず検査での指摘が多い

もう一つの理由は、確認がらみの検査指摘が今でも多いということ。
こんな指摘が挙げられています。

  • 確認プロセスを監査人が管理していない(クライアントが関与している)

  • 代替手続が不十分

  • 確認によって判明した否定的証拠への対応が不十分

  • 電子的に入手した確認の発信元の検証を検討していない


メールによる確認

メールによる確認について、少しだけ日本の状況をおさらい。

コロナ下の2021年3月に出されたリモートワーク対応第6号では、メールで確認する場合の手続が詳細に規定されています。
特に厳しいのは、ここでしょうね。

「…監査人は、確認回答者が実際に回答を電子メールで送付したことを、電話等により確認回答者に直接確かめる。」

リモートワーク対応第6号 4ページより

PCAOBの改正基準には、電話せよ、とは書かれていません。メールによる確認が一般的に行われているからか、そもそも紙による場合と区別して規定されていません。

改正基準の規定を少し見ていきましょう。
確認依頼先(先方の誰に送るか)の決定と、回答の信頼性の検討の二つに分けて定めています。

確認依頼先の決定

".09 The auditor should direct confirmation requests to confirming parties (individuals or organizations) who are knowledgeable about the information to be confirmed and determine that the confirmation requests are properly addressed."

監査人は、確認対象の情報に精通している確認依頼先(個人または組織)を特定し、確認依頼が送付される宛先が適切であることを確かめなければならない。

改正基準

まずは、誰に送るかを決めないといけません。
確認依頼先を決めるときには留意事項があります。

".10 If the auditor is aware of information about a potential confirming party’s (i) motivation, ability, or willingness to respond, or (ii) objectivity and freedom from bias with respect to the audited entity, the auditor should consider this information, including its source, in selecting the confirming parties."

監査人は、確認依頼先を選定する際に、確認依頼先の (i) 動機、能力、回答意欲、または (ii) 客観性及び偏見に関する情報を得ている場合には、その情報源も含めて当該情報を考慮しなければならない。

改正基準

確認依頼先が信頼できる人かどうか、知りえた情報に基づいて検討しないといけないということですね。

回答入手後の検討

".18 The auditor should evaluate the reliability of confirmation responses, taking into account any information about events, conditions, or other information that the auditor becomes aware of that (i) contradicts the information used when selecting the confirming party pursuant to paragraphs .09 and .10 or (ii) indicates that the confirmation request or confirmation response may have been intercepted and altered."

監査人は、(i) 第.09項及び第.10項にしたがって確認依頼先を選定する際に使用した情報と矛盾する、または (ii) 確認依頼や回答が盗取・改竄された可能性があることを示す事象、状況またはその他の情報について認識した場合には、それを考慮して回答の信頼性を評価しなければならない

改正基準

おかしいことがあれば対応しろよ、ということです。

以上をまとめると、誰に確認依頼するかを決めるときと回答を得たときに、疑わしい状況があれば対応せよ、と求めています。
日本のリモートワーク対応がかなり踏み込んだ詳細な手続を求めていて、一定の場合には不要としているのとは正反対のアプローチです。

もちろん、PCAOBがやさしいわけがありません。
検査現場では疑義を示唆するであろう状況を徹底的に調べられ、どのように対応したかを調書を示して説明することが求められることになるのでしょう。


中間業者が存在する場合の対応

改正基準では、監査人と確認先との間に介在するものがある場合に実施するべき手続が定められています。(Appendix B)

  • 盗取・改竄のリスクに対応するための中間業者の内部統制を理解する

  • 当該内部統制が整備、運用されているか否か判断する

  • 会社と中間業者の関係を評価する(特に、会社が当該内部統制を無効化できるか)

さらに、この中間業者の内部統制が有効でない場合や会社が無効化できる場合には、中間業者を使うことはできないとしています。中間業者を飛ばして確認先に直接に確認するか、代替手続を実施することになります。


代替手続の例

改正基準ではさらに、代替手続の例も示しています。(Appendix C)
たいした情報ではないかもしれませんが、ご参考まで。

預金
金融機関のセキュアなサイトを閲覧することで、金融機関のシステム内に管理されている預金勘定に関する情報を確かめる

売掛金
以下の1つ以上の手続を実施する。
(i) 確認対象となった売掛金の入金
(ii) 出荷関係書類
(iii) その他のサポート資料(注文書、サイン済み契約書など)


おまけ:PCAOBトップのスピーチ

現在、PCAOB委員長はErica Williamsという方です。

Erica Williams氏
(PCAOB Webサイトより)

2023年12月4日に米国公認会計士協会のコンファレンスで行ったスピーチの冒頭で、Williams委員長は次のような話をしています。

私のPCAOBに至る道は、祖母から始まっています。

私の祖父母はアラバマの農家でした。
祖母はなけなしのお金をマットレスの下に隠していました。
株式市場どころか、銀行も信用していませんでした。

そこで、私が家族ではじめてロースクールに行くことになったときに、証券規制の道を選び、不正を働く者の責任を追及し、資本市場の健全性を高め、信頼を醸成することにしたのです。

なぜならマットレスの下にお金を置いておいても増えないからです。
富を築くには投資が必要です。

しかし、投資には信頼が必要です。
そこで、皆さんの出番となるのです。

https://pcaobus.org/news-events/speeches/speech-detail/chair-williams-to-auditing-profession-too-much-is-at-stake-to-let-complacency-win
スピーチの冒頭部分を筆者が意訳


おわりに

PCAOBがどんな監査基準を作ろうが、日本に直接の影響はありません。
しかし、過去にはPCAOBがはじめたことが時間差で日本にやってきたことがいくつもあります。

今後も、日本の監査の将来を占うために、さらには日本のあるべき監査を考えるためにも、情報提供をしていきたいと考えています。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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