呟きからのショートストーリー

今は2034年の2月1日
時計は22時を過ぎている

あれからもう10年経ったんだと
深い息をした。
肺から吐かれる空気は星空の下
白い煙となって私の頭上へ消えていく。

寒い夜だった
もう一度冷えた空気を肺へ送り込んだ
空気は体内へ入る時
鼻の奥で香りを残した

匂いで記憶が甦ると言うが
あの香りは自分が高校生の時に
嗅いだ懐かしい匂いの様だった。

そうだな
明日ちょっと行ってみようかな。
今はもう取り壊しが済んで
その場所には校舎は無いと分かってはいた。

高校に通う時、毎日乗っていたあの緑の電車
今も同じ様に走っているのだろうか。

緑の電車に乗るには、バスに乗って電車に乗り継いで、電車をもう一度乗り換え無ければならない。

自転車や車で行けばそんなに遠回りは必要もなく
大幅に時間は短縮出来る。
ただ私は出発駅から電車に乗る時のあの匂いから記憶を辿って目的地に行きたかった。
思い出は常に香りを伴って、鮮やかに甦る。

あの頃はとてもおぼこい少年だったと思い返す。世の中の事なんて知ろうともしなかった。
いつも楽しくて、うきうきしていて将来の不安なんて微塵もなかった。

やりたい事はなんでも出来る変な自信があったし
好きな人もいて、考えるだけで1日が雨でも晴れていた。
あの緑の電車はいろんな思い出を運んでくれた。

乗り換えを済ませ駅に着いた。

と思い出に耽っているとホームに電車が入って来た。
「え、、。新型やん。」

そら40年も経てば電車も新しくなっても仕方ない。
あの匂いはもう無いのだろうと乗り込んだ。
と鼻から吸い込んだ匂いはあの頃と同じ匂いがした。
やっぱりこの電車はこの匂いがするんだなと深々頷いた。

無事に母校の跡地に着いて、しばらくその場で目を閉じた。
友達の顔を思い出せるだけ思い出し、匂いを嗅いでみたけれどあの記憶が甦る香りはそこにはなかった。

風が運んでくる空気だけは今も変わらず
清々しい。

帰りの電車でうっかり乗り過ごし、終点の駅で気が付いた。
考え事が長過ぎた。

うっかりうっかり。