「感動」がやる気につながる

先週の日曜以来、今週は一文字も論文を読まないまま、土曜を迎えてしまった。

もちろん講演や、研修、講座が3/5日入っていたので、自分を責める必要はない。
今、取り組んでいる大きな事業の中においては、プログラム評価について、一つひとつの言葉づかいのレベルから検討し、精査する、かなり大事なプロセスの最中。

でも、でも、でも、やっぱり勉強したい!
研究したい!

と心から思っていた。で、やっと土曜の午後、今日は塾に来て(※)机に向かうと…

なんと、あれだけ研究したいと思っていたのに、眠くなってくるではないか。

眠くて、眠くてしょうがない。

そりゃ、朝7時すぎに起きて、10分後くらいにはオンラインつないで、ミーティングに入り、11時半までひたすら思考し、ディスカッションし、検討を重ねたのだから、くたくたのくた、である。

睡魔が1時間ほどで去っていきつつあったが、今度は「集中力」がないのか、英語がいくら読んでも入ってこない。何度も同じところを読み返してしまう。

そこで、先生に…「研究モードに切り替える難しさ」について相談をした。
やはり仕事を5日間ハードにしたあと、研究のモードに入るのが難しい。

すると

「論文を読むのをやめてみて、ノートでも読み返してみたら?」

というシンプルなアドバイスをしてくれた。

そこで、ノートを読み返し、そこに書かれていた未完了のTODOを発見。

"Continuing Bonds"(『継続する絆』)を読み、研究手法を確認する

というものであった。

今月やらなければいけない課題とは別なのだが、気になったので、Continuing Bondsを読むことに。
すると、もうページをどんどんめくりたくなるほど、面白くて読み進む。
著者である、Dennis Klass先生の言葉づかい、視点がたまらないのだ。

いくらでも引用して紹介したいのだけれども、例えば、

The idea of meaning-making as a continuous process requires that we develop a more adequate language for talking about and to the deceased (p.19)

「継続的なプロセスとして、「意味を紡ぐ」というのには、わたしたちが、亡き人について語り、亡き人にむけて語りかけるのに、より適切な言葉を育てていくことが必要になる」

というのは、最後の "to"の前置詞もふくめているあたりにもう、ときめかざるをえない。

そう。ただ、その人について話すのではなくて、その人に語りかけるにふさわしい言葉をさがしていくし、継続するプロセスの中で行っていくものだし、意味をつむぐって、そういうこと!って、ストレートに表現されていることに感動する。例えば、わたしはなくなった母親に「ごめんね」という方がずっとずっと強かったけれど、今は「あなたの死はあなたなりの愛だったのかね?お母さん」と語りかけたり、「極楽で、おばあちゃん(母の母)や他の仏さんに甘えられてる?」みたいなことを思ったりする。死の意味は変容したり、加わったりしている。

いやぁ「感動」はやる気の一番の素。引き続き、ちょっと読み込みたいと思います。


※ 恩人であり師である柳原先生が開いている「嚮心塾」という現代版寺子屋、自習型の塾にいき、研究をさせてもらっている。行けば毎回、どんな小さなことでも相談に乗ってもらえ、的確な助言をくれたり、力づけてくれたり、報告を聞いては、今後の方針を一緒に考えてくださる。もう一生返しきれないものをもらっている

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Terumin

リヴオンという死別を支えるグリーフサポート団体の代表をしています。Founder and CEO of Live on, a charity in Japan supporting the bereaved. Ph.D researcher at Uni of Bath、
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