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スポーツジムに通う「変わりたい」人々【ドキュメント72時間】

ワークアウト!眠らない巨大スポーツジム

今回の舞台は、原宿駅からほど近い巨大スポーツジム。木曜日の夕方から撮影スタート。

スポーツジムに集うのはどんな人達なのか。体を鍛えたい、という顕在化された目的の裏には様々な動機、事情が見え隠れする。その大きな動機の一つは「自分を変えたい」である。

人は誰しも「自分を変えたい」という思いを持っている動物だと思う。もちろん外見だけのことを指しているのではなく、むしろその多くは内面である。人は、自分自身に嫌気がさして自分を殺してしまいたいと思う夜を過ごしたり、あんな人に自分もなりたいと夢見る瞬間があったりと、常に今の自分にはない何かを追い求めている。

私が、本日の72時間で注目したのは「自分を変えたい」人たちだ。彼らがジムに来るのは、自分を変える手段として、肉体を鍛えに来ているのだ。

今回の登場人物の中で圧倒的に印象的だったのが撮影初日の深夜に現れた大きめの黒縁メガネをかけた男性だ。がっちりした体に似合わずどこかおどおどした感じで受付でカードを差し出している。通いなれた常連とは思えない雰囲気だ。

彼は、28歳パーソナルトレーナー。自分の体を鍛えるばかりか、人のサポートを仕事としている、ある意味トレーニングのプロフェッショナルである。彼は、体を鍛え始めたきっかけは、新日本プロレスの中西学選手にあこがれたことらしい。しかし、その思いの根っこには中学生の時に自身の体型が原因でいじめられていたという苦しい過去があることを彼は話し始めた。

その当時、彼の体型は背が低くて、まるまるしていたそう。「それを変えてやろうと、ダイエットして筋トレした」んだそう。まさに自分を変えるために努力し始めたのだ。成人式の時に同じクラスだった女子から、自分と気づかれずに「どこの中学ですか?と聞かれた」とをうれしそうに話す。「それくらい変わったんだな」と満面の笑みを浮かべた。

「負の気持ちがパワーなのかなと思っていたんですけど、それが気づいたらポジティブになっているっていうのが、今は筋トレすることによって自分の体が変わって、内面が変わって。だんだんやってて変わる自分が楽しくなってきて」

うん。すごくかっこいい。人ってホントに変われるんだって勇気の出る話である。ただ、あのおどおどした感じは、いじめられていた頃から変わらないのだろうか。

もう1人印象的であった男性を紹介したい。顔にモザイクをかけて登場したのは、30歳会社員の男性。モザイクかけてでも登場させたかったのには、番組の編集の思いを感じる。

モザイクの理由は、彼の挫折にあった。前職では、働きづめの生活で、うつ病になってしまったという。会社からもそんな人間はいらないといわれ退職。そんな自分を受け止められずしばらく引きこもっていたそう。

「僕の友人はバリバリ働いている人とかを見ているので、置いていかれている感が半端じゃなくて。自分がどう見られているかっていうのを考えるとやっぱり恐怖なんですよ。」学校の友達ともまだ関係は強く、そんな自分の姿を見せたくないという気持ちもあっただろう。

でもそこからまた仕事につき、足を長く止めなかった彼はすごいと思う。最初の就職をつまずいたことが致命傷となり、引きこもりが長くなる人も多いだろう。

「こんなひょろひょろな人間がこうやってるのが、場違いっちゃ場違いだと思うんですよ。でも他の人たちを見ていると、変な話楽しいっていうか、もしかして、こういうところに来れば変るかもしれない」ジムに来ている人のように、自分もなれるかもしれないという希望を感じるから、ここに通うのだ。

この2人は、「いじめられる自分」や「うつ病になった自分」を変えたくて体を鍛え始めた。そして事実、前者の彼は「自分は変わった」と言っている。そう変わったんだろうなとは思うが…私自身は、その人の根っこのところの性質はそうそう変わらないんだろうとているところもある。

人付き合いが苦手な人は、どんなに努力してもやっぱり苦手だと思う。それは、私がそうだからというのもあるのだが…。私自身40歳間近になって、「人はそうそう変わらない」というのは確信に近いものとなっている。

私は、昔から人が多くいる学校や習い事、親戚の集まりですら、居心地の悪さを持って生きてきた。その場で、自分から話をしたり、話題を振ったり、場を盛り上げるなんてことはありえない。では、今の自分はどうかと言えば、それなりに職場でも地域の中でも人付き合いをして、結婚して他人と一緒に暮らすこともできている。そんな自分は「変わったなぁ」とはまったく思わない。「よくやってるなぁ」とは思う(笑)

根っこの自分は、子どものころのままであることがはっきりわかるのである。でも、その場で与えられた役割を演じたり、人間関係がスムーズにいくようにちょっと努力したりということはできるようになったのだ。それは、自分が変わったのではなくて、周りの環境が自分をそうさせているのである。

私の話は「環境によってしょうがなく」という感じではあるが、もっとポジティブな意味で環境によって人は変われるのだと思っている。つまり人間そんな変わらないけど、置かれた環境によって自分の違う面を出せることはあるということだ。

その人の今置かれている環境が、自分のパフォーマンスを最大限に出せる場なのかは考える余地がある。1人の人間の性質は、その個体独自のものもあるけど、周りの関係の中で現れるものも小さくはない。

そう考えると前者の彼は、自分にあった環境を見つけることができたのではないだろうか。そこで生まれた活き活きとした自分を、別の環境にいっても少し見せることができる自信につながってきているのかもしれない。

後者の彼はまだここが彼の居場所になるかはわからない。でも彼はきっと強い、多少やられても自分でまた旅に出る力があるように感じる。

なぜなら、なんだかんだでこのジムに入る、ジムじゃなくても、別の環境に踏み込んでみるという行動って、誰もができることじゃない。その一歩が踏み出せなくて、引きこもっている人はきっと多くいるのではないか。

この2人の姿は、変わろうとして変わり切れない自分を見ているようでちょっと気恥ずかしいが、多くの人に勇気を与える姿でもあった。

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