見出し画像

競わない場が生む人とのほどよい距離感【ドキュメント72時間】

NHKドキュメント72時間を観て感じたこと、調べたことを書くシリーズ。今回は2020年7月11日に再放送された(最初の放送は2019年)「東京・阿佐ヶ谷 金魚の池のほとりには」


舞台は、5月最後の日曜日、阿佐ヶ谷駅から徒歩2分住宅街にある釣り堀。学校の25mプールぐらいの生け簀に入っているのは、すべて金魚。

そうここは、大正時代からやっているという金魚専門の釣り堀だ。竿のレンタルとエサ付で1時間600円、安いのか高いのかはよくわからない。

最初に登場したのは「金魚釣りの師匠」と言われる70歳の男性。麦わら帽子に白い髭、どことなく雰囲気がある。金魚釣りを初めてもう50年だって。自作のマイ竿を持ち、狙った金魚以外はリリースするか、人にあげるみたい。

この釣り堀には、子どもから若者、年寄りまで実に幅広い年代の人たちが集っている。常連さんも多い。この師匠は、その常連さんたちが一目置く存在なわけだ。

師匠の隣には頭にタオルを巻いたガタイのいい男が背中を丸めて金魚釣りをしている。その姿がなんだかかわいい。毎週末栃木から三時間かけて来るんだって。金魚釣りにはまって、師匠から色々と教えてもらってるみたい。

若い女性も少なくない。師匠が「あきちゃん」と声をかけたのは保育士をやっているという27歳の女性。彼女は自分の仕事の話もしてくれた。保育の現場は人不足でなかなか大変らしく気晴らしによくここを訪れる。「なんでも話せますね。常連さんのかたがたと。仕事のことでも、釣りのことでも。ここで充電してます」たしかに70のじいさんと、27歳の女性保育士さんが気軽に声かけあう場なんてなかなかないかも。

今度は若い男性。まだ保育園の年少くらいの小さな女の子を連れている。早く釣りをしたいみたいだけど、子どもから目を離せなくて釣り堀のまわりをウロウロしている。ママが来るのを待ってるみたい。でもママが来ても子守りをしたのは…なんと師匠。男性は自分の奥さんと2人で釣りを始めた。ここの人間関係を表す微笑ましい風景。

金魚を分けてあげるだけでなく、子どもの面倒も見合ったりしているのか。こんなお節介できる関係なかなかない。なんでここでは、そんな関係が築けるんだろう?

そして日が代わり、月曜日。日曜日を初日にして月、火と撮るのはなかなか珍しい気がする。さすがに月曜日の午前中は、客が少ない。

それでもポツポツと一人で釣糸を垂らす人たちがいる。「ヒマだから来るだけですよ」と定年退職してスーパーの清掃のアルバイトをしているという男性。人が多いのが嫌であえて平日に来るんだって。「楽しみこれしかないですから」とあくまで、自分はつまらない毎日を過ごしている的なコメント貫く。定年後にバイトしている人ってこんな感じだな。定年前の仕事ではもっといきいきしていたのかもしれない。

他にもポツポツと人はいるが、ほとんどが男性だ。「ここにいると余計なこと考えなくていい」という27歳飲食店勤務の男性、働き方改革で週三日休めと言われてるというシステムエンジニア。そんな風に平日が休みな人達である。自分が子どもの頃は、平日の日中は大人はみんな仕事しているという強烈な思い込みがあった。当時からそんなわけはないのだが、今はなおさら普通だ。

夕方になると小学生の男の子が1人釣糸を垂らしている。今日は、創立記念日で学校が休みなんだって。友達はゲームばっかりやっているけど、自分は生き物が好きなんだって。将来は海洋生物学者になりたいという夢を持っている。うむ。同級生と話が合わないんだろうな。そんな子でも週3日は塾通い。

3日目火曜日。現れたのは30代くらいの夫婦。美容師さんだって。1日中店にいるので、外の空気吸いたくてここに来る。職業柄、他の仕事の人と休みが合わなくて、必然夫婦で動くことが多いんだって。それはそれでいい人生だ。


今回の金魚の釣り堀は、心地よい人との距離感のある場所だった。気のいい師匠を中心とした常連さんたちがいる一方で、1人で過ごすためにも使える。別になにかを競っているわけでも、金をかけた勝負でもない。いっぱい釣れた、いい金魚が釣れたということに固執したり、嫉妬したりすることもない。だから、常連さん達がその場を牛耳ることもない。でも釣りというちょっとしたゲーム性はある。釣りって絶妙なだなって思った。それぞれが思い思いのやり方でここでの時間を過ごしている。そんな時間が1時間600円。うん。安いかな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?