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和傘・阿島傘の保存と伝承活動

長野県喬木村の伝統の和傘、次世代継承へ会を発足

長野県の南部に位置する人口約6,300人の喬木村は、明治8年、阿島、小川、伊久間、富田、加々須の5つの村が合併して発足しました。「阿島」の地名に由来する「阿島傘(あじまがさ)」は、この地の伝統工芸として息づいています。

しかしながら、最盛期は100軒以上の和傘屋が軒を連ねていたものの、職人の数は激減し、和傘づくりを生業として営むのは現在、菅沼商店1軒のみとなりました。

近隣に住む人でさえ、阿島傘の伝統を知る人は少なくなったと言います。
「昭和20年代、私が小学校や中学校の子どもだった頃、家に帰ると和傘づくりを手伝うのが決まりだった」。阿島傘の会の会長・久保田毅さんは話します。学校の廊下には置き傘(和傘)がズラリと並べてあり、雨が降ったときは誰もがいつでも使うことができました。

阿島傘は恩返しの傘

阿島傘の始まりは江戸時代。この地にたまたま通りかかった旅人が腹痛で苦しんでいるのを関所守が番屋に泊め、快方したことがきっかけです。病気が快癒した旅人は、お礼に和傘づくりを伝授しました。阿島傘は「恩返しの傘」とも言われます。

また、阿島の地は、和傘づくりに必要な素材がそろう適した地だったことも繁栄の背景にありました。骨組みとなる竹、雨よけの和紙、骨をつなぐロクロ、糊となるわらび粉、油や柿渋といった材料一式が手に入りました。

ロクロ職人がいない

平成6年、阿島傘の伝統を伝える伝承館を建てるとともに、阿島傘の会が発足。現在は2代目会長の久保田さんを含む23名の会員で構成されています。月1回の会合を開き、各自の和傘づくりや和傘づくり体験教室などの伝承活動イベントに向けた準備を行っています。

久保田さんは平成27年から会長職に就任。小学校や中学校の教員を長年勤め、引退後に地元の伝統工芸・阿島傘の伝承活動に興味を持ったと言います。

「初代会長の小林武司さんは、和傘づくりの名人。近くに住んでいるので、私たちは先生と呼んで、時々教えを受けています。傘づくりだけではなく、絵を描くことも非常に長けているので勉強になります」

一方で、伝承活動での危機感もあると言う。
「”ロクロ”を作れる人がいないのです」。ロクロ職人がいなくなり、現在は竹の骨組みを岐阜から仕入れているそうです。全国的にロクロ職人は貴重な存在となり、和傘づくりの存続危機となっているのが現状です。

蛇の目傘が最も難しい

和傘づくりでは昔から、骨ごしらえは男性、傘張りは女性の仕事といったように分業制でしたが、阿島傘の会の会員は、1人が和傘づくりの全行程を学べるように技術習得を目指しています。

和傘には(写真下の右から順に)番傘、蛇の目傘、小傘と3種類あります。骨の本数や直径によって種類が異なります。
その中でも、細い骨を用いて細かい老練な技術を要する蛇の目傘づくりは最も難しく、それ故に市場価格も1本数万円が相場となります。

新技術を用いた道具開発

阿島傘の会の活動を通して、嬉しいことがありました。

和傘づくりで最も大切な「間割り(けんわり)」という傘の骨を等間隔に配分する作業で、新しい道具が生まれたことです。板金業を営む会員が、板金技術を基に、3種類の道具を開発。この新しい道具があることで、誰もが均等に骨を配分することが可能となりました。

伝統工芸の技術継承には、現代の新しい技術を用いることで、もっと身近にもっと合理的な作業も期待できます。阿島傘の会の伝承活動の試みは、他の伝統工芸分野でも参考になるのではないかと思います。

阿島傘の会では、立石和紙(長野県長和町)での紙漉き体験、ロクロづくりの仕入先である岐阜の工房へも訪問するなど、和傘づくりに必要な一連の作業に関する研究活動も行っています。

情緒を感じる伝統の魅力

「油のにおい、傘を開くときのバリバリという音、雨音がはねる音。阿島傘の魅力は、情緒を感じられるところです」と久保田さんは言います。素材の魅力を丹念な手しごとで表現する伝統工芸は確かに、作品自体を五感で感じられることが、最大の「美」なのかもしれません。

阿島傘の会は、オーダーがあれば販売用の和傘をつくることもあります。オーダーメイドのため、要望を細かくヒアリングした上で、作製します。中には、自分たちでは創作したことのない一風変わったデザイン案を依頼する人もいたそうですが、仕様に合わせて作っていく中で、想像以上に美しい和傘に仕上がることもあったと言います。

予測不可能な魅力も、伝統工芸だからこそかもしれません。
和傘づくりでは、油の塗りによって、油が乾く際に模様が浮き出ることがあり、その模様を「星」と呼びます(写真下をご参照)。どんな趣のある星が出るのか。予測不可能な魅力は、手しごとの工程における楽しみの一つでもあります。

阿島傘の会の皆さんの伝承活動を通して、伝統工芸が使い手に訴える魅力を再認識しました。


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