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相談しやすいカウンセラーを考える

在宅時間が増えましたので、若者応援キャリアコンサルタント育成研修を受講し始めました。オンラインで受講できるもので15時間程度です。


座学の講習会や講演会に出向く機会もありますが、在宅で全国一律で受講できるオンライン講習の方が費用・時間的な負担の裁量がしやすいので楽でいいですね。

一方で、こういう講習で語られるのは自己認識や未来のことに対する想像力、あるいはコミュニケーション力や社会性について少しの支援で成長が期待できる事例が多くて少しもやっとしてしまいます。


例示する事例が難解なのも不便なので仕方ないとは思うのですが。結局相談に来るほどの困り感がある層や組織内で取り組むべき難しい課題ってレアケースですからね…。

相談者の自己認識や社会性、基本的な他者へのふるまい(いわゆるソーシャルスキル)に問題がある場合はキャリアコンサルティングだけでは対処しきれず、別の専門の機関とも連携する必要があるのですが、例えば発達に大きな偏りが疑われる場合。どうでしょうか…?言えますか?


もし相談者に何かしらの障害の存在を感じたら

私自身、学部でのみですが発達障害について専攻していたので割とピンときますが、この過疎地ではなかなか新しい感覚で相談に当たってる人が少ないように感じます。「病気」って言われちゃったりね。
また精神疾患を抱えつつも、症状が落ち着いてきたので働き始めたいという状況の人も求職活動を行います。もちろん、トランスジェンダーの人が性別の自己申告に悩みながら活動していたり、同性のパートナーと事実婚状態なのに独身のていで不本意なふるまいをせざるを得ない人もいることと思います。

多様性についてキャリアコンサルタントの中でも支援をしていく必要が~なんて偉い人の講演で語られたりするのですが、その一言のみで大体の場合終わります。まさか聴講生に当事者がいるなんて想像もされていないのかな…とちょっとした疎外感を感じざるを得ないです。語りつくせぬほどの多様性全てをその場で網羅できないにしても、キャリアコンサルタントはキャリアコンサルタントである前に様々な要素を持つ一人の人間です。
それに、この仕事で安定した地位や雇用で働いている人なんてほんの一握りです。あたかもキャリコン自身の心には淀みなどないように語られてしまうと辛いものがありますね。



カウンセラーが信用できない

相談業務従事者の頼りない胸中を吐露しましたが。利用者の目線でも考えてみます。

初めて心理カウンセリングを利用した大学時代から今まで、私はどうしてもカウンセリング場面でカウンセラーを信用して自己開示することができません。例えうんうんと聞いてくれていても、「本当はこの人も『うわ~この人同性愛者だ~』とか『神経質なやつだなあ』とか『田舎もんの感性だなあ』とか思われているんじゃないか」という思いが消えないのです。この気持ちは地区会や講習で顔を合わせるキャリコンの方々にも同様でした。本当は自分のキャリアのこと、いろいろ相談したいのですがすごく抵抗を感じています。
これは相手が信用に足る人物ではないという意味では決してなく、強すぎる防衛本能なんだろうなーと認識していて、それもまたどうなの…とちょっと泣いています。だからこそ、キャリコンやカウンセラー自身が社会的に認知向上・普及のために表に立つ機会が重要なのだとも認識することができていますけどね!


カウンセラー自身も心に淀みを抱えたりしてる人間であることを前提に相談場面を設定できれば、楽に話せる人もいるのではないかと思います。そもそも狭い部屋やブースで初めて会って、その場でしか顔を合わせない人にすんなり自己開示するというのは難しいですよね。(ラポール・リレーション形成は1日にしてならずですね)
その気持ちがあって、積極的に人の集まる場に出向くようになったのがこの1年ではないかと思いますね。


なので今の状況は少し辛いです。停滞感を感じます。


永遠の自粛ではないと信じ、出来ることを探すのみだと割り切って、オンラインツールの活用のよいきっかけと思い、あれこれ試したりして当面は過ごそうかと!どっしり構えて自分を安心させてやります。



とりとめのない内容になってしまいました。


ここまで、最後まで読んでくれてどうもありがとう。






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