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『押山式作画術』を読んで衝撃を受けた話

『押山式作画術』 ( Amazon ) この本、すごい。

この本を一言でいうと、めちゃくちゃ絵が上手い人は、どんな環境で、何を考えて、どんな風に描いてきたか。
という自伝的な部分と、絵が上手くなる考え方・具体的な方法論が合わさった超ハイブリッドな本です。
ちなみにこの本、内容の9割が文章です。

自伝的と書きましたが、絵と関係が薄いエピソードは本書には出てきませんので、著者自身のファンではない方にもオススメです。

アニメーターになりたい人や、すでに絵が上手い人が何か気づきを得る為に…という使い方も勿論できると思いますが、私は「絵を描きたいけど描けない、どうやって描けばいいのかも分からない人」そして、絵に興味がある小・中・高校生に是非読んで欲しい内容だと感じました、とにかく文章が抜群に読みやすく、分かりやすい! それだけではなく、著者の押山さんの書かれる文章がすごくイイんです!!

最初に断っておきますが、この本は「〇〇の簡単な描き方!」的なものではありませんし、実際のアニメ現場で使われている制作ツールの使い方やアニメ制作の作法を解説している本でもありません。

この本のすごいポイントは、大きく分けて3つあるので
順番に解説していきます。

著者の紹介

押山清高 1982年生。福島県出身。
アニメーター、アニメ監督、株式会社スタジオドリアン代表
TVアニメ『電脳コイル』で作画監督、映画『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』でアニメーションディレクター、Netflixアニメ『DEVILMAN crybaby』ではデビルデザイン、映画『フリクリオルタナ』『フリクリプログレ』ではメカニックデザイン、TVアニメ『フリップフラッパーズ』では監督を務めた。TVアニメ『スペース☆ダンディ シーズン2』18話では脚本・絵コンテ・演出・原画を一人で担当した。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』『借りぐらしのアリエッティ』『風立ちぬ』ほか、多数の作品に原画として参加している。2017年に永野優希とともにスタジオドリアンを設立し、短編アニメーション『SHISHIGARI』を制作した。

     出典元:押山清高『押山式作画術』(株式会社KADOKAWA 2021年)


①誰にでもわかる『文章』で書かれている

1つ目のすごいポイントは、絵の話がメインなのに 絵語ではなく文章として書かれていることです、そしてその文章がとても分かりやすくて…

ストップ! ストップ!! ストプ!!!
皆さんご存知の!みたいなノリで「絵語」とか出てきたけど、なにそれ?

絵語は私が勝手にそう呼んでいるだけの造語なのですが、例えば世の中にある文章メインの本に載っている挿絵って、「文章の内容を補完するための絵」という役割があるのですが、お絵かきの教本ではこれが逆転していて、文章が「絵を補完するための文章」となっている場合が多いんです。
それはつまり、「文章が読めないと、挿絵だけ見ても理解できない」ように「多少なりとも絵が描けないと、文章だけ読んでも理解できない」という事態が発生します。
また、教本を書かれている方は職業絵描きさんの場合がほとんどで、教えるプロでもなければ、文章を書くプロでもない方の場合が多いです。

するとどういう事が起きるかというと、説明が言葉足らずだったり、分かりづらかったりで(そもそも1から10まで文章で説明するとなると膨大な物量になるというのもあります)、絵を多少なりとも描ける人(教本の絵を見様見真似で紙に再現できるような人)じゃないと、結構しんどいです。
つまり、「絵語チョットワカル」に達していない初心者は教本を読んでも、振り落とされること多かったのです、私も例にもれず振り落とされた側です。

この本ではどうしているかと言うと、はじめに書いたとおり本の9割が文章です。
つまり、絵語が分からない人にも理解できるように、みんなが知っている文章に翻訳(言語化)されています。
そしてこの翻訳が、とにかく分かりやすい言葉で書かれています。

この本の特別なところがだんだん明るみになってきました。
つまりこの本は、めちゃくちゃ絵が上手くて、言語化(文章化)が上手いアニメーターさんによる、絵を描いたことがない人にも分かる言葉で書かれた「絵が上手くなる方法論」の本です、これは本当に稀な事なんです。

名選手が必ずしも名コーチではないように「絵語」自体はいわば別の言語なので、絵の上手さと言語化の上手さは必ずしもイコールではありません。
むしろ、「言葉にしても伝わらないから、描いているとこ見てて」
となる絵描きの方のほうが多いと思いますし、直接描いている姿を見れること自体は大変勉強になると思います。

しかしこれは本なので、そんなことは出来ません。
これはそのまま絵の教本の弱点でもあります、描き方の解説があっても、本に載せられる写真の枚数には限度があり、そうなると映像や直接描いている姿を見るのに比べて、得られる情報量はかなり少なくなってきます。
ただですら理解が難しい絵語をさらに難しくしている要因で、絵の初心者ほど「文章の理解しやすさ」が重要になってきます。

この本は、ほとんどの解説は絵を使わずに文章だけで表現されています。
「絵の事をわざわざ文章で書くなんて、そんな回りくどいことしたら余計に分かりづらくなるだけでは?」
と思われる方もいるかと思いますが、逆にこの本はめちゃくちゃ分かりやすくなっています。
それは著者の押山さんが絵語を言語化したことで「何が書かれてあるのか分からなかったものが、わかるようになった」ことに他なりません。


②『自分にもできそう』という気持ちにさせてくれる

誤解を招かないように言うと、「これなら私でもカンタンに絵が描けそう!」という意味ではないです、逆にこの本を読むと「上手い絵を描けるようになるのって、途方もない道のりなんだな…」というのがしみじみと伝わってきます。
なら何故、「自分にもできそう」と思えるのかというと、著者の押山さんが「難しいものを、初心者が食べられるサイズまで切り分け、さらに嚙み砕いくれている」からです。
「自分にもできそう」とは「これなら自分にもわかる!」という意味でもあります。

ここが本当にこの本は凄くて、読みやすい文章・分かりやすい言葉・豊富なたとえ話・自伝等から感じ取れる押山さんの考え方・思ったこと・押山さんの経験・・・そして「なぜ」です。

この「なぜ」はこの本のキーワードで、上達方法の解説にも「なぜ」がとても多く含まれていて、解説を深掘りしてくれています。
なので、初心者にありがちな、頭の上に「?」がついたり、「そこあっさり流さずにもうちょっと詳しく教えて…」ということがありません。

また、痒い所にも手が届いていて、使っている道具、影響受けたアニメーター、はじめて描きはじめる時なにから手を付ければいいのか等の、「それ知りたかった!」というヒントが、自伝やコラム等に散りばめられています。

もうひとつ大きなのが、目線を読者のところまで下げてくれている所です。
読みやすい文章・分かりやすい言葉もそうなのですが、私は押山さんの自伝を通して伝わってくる肌感というか、目線の近さが凄く印象的でした。
これも言ってしまえば「分かりやすい言葉」と同じで、こちらが共感・理解できるところに合わせて話をしてくれている、という事なのですが、押山さんの「なぜ」と「どうやって」はとても分かりやすく書かれているため、理解・共感し、とても「納得感」があります。
そのおかげで、絵が上手くなる考え方・方法論を学ぶ上で余計なノイズ(どうせこの人は才能ある人だから~等)を感じることがなく、頭にスッと情報が入ってきます。

スーパーアニメーター、いわば絵の達人、一般人からすれば何を言っているのか理解できないような高度な知識・技術を持ち合わせている方が、ちゃんと目線を読者のほうに合わせて、一人の絵描きとして成功や失敗、その時の気持ち、学びを読者に伝わる形で書かれているのが、本当に印象的でした。

文章ってその人の内面が滲みでてくるんですよね、私は押山さんの書く文章がすごく好きなんです、耳障りのいい言葉が書かれているわけでもないし、華やかな言い回しがあわるけでもないのですが、謙虚さや素直さ、絵に対する真摯な向き合い方、考え方のバランス感覚、耳が痛いようなことも時にいうのですが必ず言葉を選ばれていて、相手に一番伝わる方法を常に模索されているのを感じます。
本書を通して、これはただ魚を与えるのではなく、魚の捕り方を伝えようとしているという押山さんの強い想いを感じます、それはこの本を読んでいる人に向けた大きな優しさだと私は感じました。

何故この本は9割が文章なのか、なぜ自伝と絵の上達方法を混ぜたのか、なぜカバーイラストメイキングにページが割かれているのか、この本を読むことで押山さんの考え方・思考法を、文章だけではなく体験して学べる作りになっています。


③『なぜ』と『考える』ことの大切さ

この本は魚を与えてくれる本ではなく、「魚の捕り方を教えてくれる本」だと強く感じる理由には「なぜ」「考える」の2つのワードがあります。
これはこの本のキーワードでもあります。

「なぜ」というのはこの本の解説を掘り下げる意味でも使われていますが、実はこの本自体が読者に向けて「なぜ」を問いかけてきます。
「なぜ絵を描くのか?」この問いに、読者は著者の押山さん自身の半生を追体験しながら、読者なりの「なぜ絵を描くのか?」の答えの輪郭を探していく、自問自答の本という側面もあります。

こんな事を書くと、本書が水を手で掴むような捉えどころのない内容かと思ってしまう方もいるかもしれないので、内容の一部をザックリ紹介します

・絵が上手くならない理由とその対策
・自分らしい絵を描くためには
・資料の探し方・資料の活かし方
・アイデア・デザインはどう生み出すか
・背景・パース・色について
・キャラクター表現の基本
・伝わる絵とは
・仕事で絵を描くということについて
・描き続けるためのマインド
・カバーイラストメイキング
etc...

これらは本書の一部ですが、他にもまだまだ要素は沢山あり、これらの超具体的な方法論が本書には書かれています。

ただ私はこの本の本質は『上手い絵の描き方の方法論』ではなく、『考え方・思考の模索の痕跡』にあると思います。
「自分で考えよう!」「あなただけの答えを出そう!」、そう言われても一体何をすればいいのか困ってしまう人も多いと思います。
なので、著者の押山さん自らが、私はこう思い、こう考え、こうやってきた、という過程や思考を具体的に語り、実際にやってみせてくれています。

本書で書かれている絵の上達方法を見て「えっ!魔法みたいな特別なことしてないの!?」と驚かれた方も多いと思います。(自分がそう)
よく見て描く、よく考えて描く、沢山描く、資料は大事、という絵の上達方法で1000回くらい聞いたワードを、誰にでもわかるレベルまで解像度を上げて可視化させ、そこに押山さん自身が体験した経験、思考法がプラスされ、さらに実際に本の中でその思考プロセスをやって見せてくれているので、この本を読んでいると納得感がすごいです。

「いやいや才能じゃん、こんなの一般人は参考にならないよ」
というのではなく、「わかる…確かに上手くなりそう…しかしなんて…なんて遠い道のりなんだ…」という気持ちと
「魔法じゃなかったんだ!本当にあったんだ!!」という嬉しさというか、希望みたいなものが同時に湧き上がってくる不思議な本です。

これは本書にて、押山さんがスーパーアニメーター達がひしめく『電脳コイル』の制作現場で、巨匠達の描いている姿を間近で見た時の気持ちと同じで、私はこの一文を読んですごく惹かれたのを思い出します。

凄腕アニメーターの原画コピーを見る機会はありました。
とはいえ、コピーされた絵では、どうしても自分たちと地続きの世界には思えませんでした。
だから変な話ですが、「本当に実在しているんだ」と思いましたし、当たり前ですが自分たちと何ら変わらない方法で絵を描いていることにも驚きました。もちろんレベルは全然違うんですが、自分もこのくらい描けるようになりたい、なれるかもしれないというモチベーションを持てたんです。

     出典元:押山清高『押山式作画術』(株式会社KADOKAWA 2021年) 


さいごに

初めて押山清高さんを知ったのは実はアニメ作品ではなく、この本の前作にあたる『作画添削教室 ( Amazon )』でした。
一番最初にある、片膝を立てた女の子の添削絵を見た時、あまりに絵が上手すぎて驚愕したのを鮮明に覚えています。
Amazon の試し読みで見れるので、興味ある方は是非見てみてください)

「なんだこの上手さ!?」「上手いだけではなく”よさ味”が凄い!」「なぜこの人はこんなにイイ絵が描けるんだろう?」

と、ずっとずっと謎で知りたかったことだったので、この『押山式作画術 (Amazon)』を読んでいる間、ずっと嬉しかったです。

だって自分が好きな絵、上手い!こんな絵が描きたい!と思った絵の著者が絵の本を出して、さらにそれが自分にも分かる文章で書かれている・・・本当に嬉しかったです。

今はYoutube等で、プロのアニメーターの方が手元を映しながら描き方を解説してくれるすごい時代になりました。
手元映像が見れるのは見ている側としても本当に嬉しいのですが、本書はあえてほぼ全編文章で書くことで、絵が描けない人にも理解でき、情報をひとまとめにして短時間で把握できるという、本の良さが十分に発揮された素晴らしい本だと思いました。
内容は詰まっていますが、文章がとても読みやすいので半日あれば読みきれると思います。

絵を描いたことがない方から現役のプロの方まで、それぞれの学びがあると思うので、絵を描くことに興味がある/好きな人は是非ご一読くださいませ。

ただひとつだけ残念な点があります。
それはこの本を読むと、押山さんが実際に絵を描いている手元映像が見たくて見たくて仕方なくなることです・・・

押山さ~ん!! 絵を描いている手元映像みせてください~~~!!
お願いします~~~~!!! ><


著書:押山式作画術 (Amazon) 』(株式会社KADOKAWA 2021年)
著者:押山清高 Twitter 株式会社スタジオドリアン 公式HP

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