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大ヒットクルマ列伝〜いすゞ117クーペvs初代ゴルフ

大ヒットとは単に沢山売れたのではなくその時代に生きた人々の心を打ったモノに贈られる称号である。現在は商用車メーカーとして生き残っているいすゞが、乗用車フローリアンのスポーツバージョンとして1968年に世に送り出した117クーぺ。その流麗な曲線が奏でるスタイリングはまさに清楚な色香漂う貴婦人。一方、初代ゴルフは1974年にVWがビートルの後継として世に送り出した素直なメカ大好き少年のよう。

直線と曲線、カーデザインの世界で繰り返し争われてきた永遠のライバル。自然界に完全な直線というものは存在しない。故に人は直線デザインをクール!と讃える。しかし定規で描いた直線より、少し曲がったり揺らぐ手書きの直線の方が心安らぐのも事実。直線と曲線という相反する手法を魔法のように操って次々と大ヒット作を世に送り出したのはイタリアの天才デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ。その数多くの代表作から一つ選ぶとしたら、これはかなり難しい。117クーペと初代ゴルフが同率でベストだ。

いすゞ117は1966年ジュネーブモータショウでプロトタイプとしてデビューしエレガント賞を獲得する。前後のホイールアーチに呼応してうねるフェンダーライン、大きなグラスエリアに細いピラー、4座を確保しながらルーフラインは美しい曲率で、リアウインドウから盛り上がるトランクのヒップラインに溶け入るようにつながってゆく。この繊細で完成された曲線は、当時のいすゞのプレス技術では量産化が困難であった。そこでイタリアの超一流の職人を招聘してハンドメイド叩き出しの、まさに工芸品として1968年にデビューした。1977年のマイナーチェンジで愛らしい丸目2灯ヘッドランプは流行の角型4灯に矯正施術されてしまうが1981年に後継のピアッツァにバトンを繋ぐまで13年にわたり生産が続けられた。発売後10年経って登録台数の98%が現役で所有されていたという数字も残こり、そして今なお日本の旧車趣味界の超人気者である。時間耐久性の極めて優れたデザインであった。

対するゴルフは1974年に曲線パネルの極致ビートルの後継として生まれ、RRからFFというメカニカルの大変更より、がらりと直線化されたデザインの変更に世界中がアッと驚いた。小さなボディに伸びやかに走るサイドラインはクルマが真っ直ぐ進んでゆくという明確な方向性を与えている。そのラインに逆らうことなくサイドグラスやルーフのラインが秩序よく従う。117クーペを美しい工芸品を呼ぶならば、初代ゴルフは合理性に裏打ちされた優れた工業品であった。

1983年に登場する2代目ゴルフも直線主体のキープコンセプト。しかしその後、生物の進化のような微妙な変化が観察できる。3代目あたりからリヤコンビ周りに少し曲線のあつらえが現れ始め、4代目でリアドア後端がホイールアーチになぞった曲線となり、リアゲートとリアコンビの見切りもブーメラン形状となった。曲線化傾向は2008年の6代目あたりまで続く。ところが、続く7代目から丸みを帯びたゴルフのサイドラインには奥行き方向にナイフで刻んだようなエッジがつけられる。直近の2019年の8代目ではそれが更に強められ、先祖返りの直線化の兆候が感じられる。クルマは市場のお客様の声を聞き、現号車のネガを潰しより売れるよう企画してスタイルを造り込む。初代ゴルフの直線デザインは次第に修正されて曲線化されていった。世の中の荒波に揉まれ丸くなり、情緒的なものに浸りきった頃、退廃した気分を引き裂く革命的な直線の出現を人々は心待ちしているかもしれない。

天才デザイナー、ジウジアーロが産んだ117クーペと初代ゴルフ、人の心は時にうつろうもの。あなたは今、どちらのクルマが美しいと感じますか?

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