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無職3日目 時間の大切さ

今日は無職3日目、まだ正月三が日なのでまだ無職感が少ないのですが
明日からジワジワと無職のプレッシャーが襲ってくるのかもしれません。

 今日は仕事を辞めた理由を少し書きたいと思います。
理由は色々あるのですが一番大きかったのは時間が欲しかったということです。若かった時は仕事も学びの一つであったと思います。何かのプロジェクトで発生する残業も苦にならず、むしろ会社にいたいという気持ちが強かったです。なので平日の仕事と週末の趣味や遊びで満足していました。
しかし最近は仕事は自分の理想と現実の背離が大きくなり辛いものとなっていました。本来であればそれなりのポジションに付き理想へ向かって行くことを求められていたのかもしれません。それが出来ないのであれば会社を去ることが最善なのではと考えていました。
 あとは体力的なこともあります。50歳を過ぎてから毎年の体力と気力の衰えが自分でも分かるようになってきました。考え方も何かに凝り固まる様になり他人の意見を素直に聞き入れることができなくなってきました。
毎日の3時間程度の電車通勤による体力の消耗も大きく週末はその回復のための時間でした。
 このままの状態で65歳まで働き続けることが可能であったかもしれません。子供の養育費、先の長い住宅ローンなどお金が必要な場合は会社に残る選択もありだと思います。しかしそのしがらみが少ない環境にいるのであれば思い切ってレールから外れてみようと思いました。
 少額でも良いので誰にも指図されず自分の判断でお金を稼ぐことにあこがれています。それが出来るのも今残されている50代後半の時間だと思っています。

 昨日は羽田空港で事故がありました。JAL機から乗客367人と乗員12人が全員脱出することができました。事故自体は不幸なことですが不幸中の幸いの”幸い”がいくつも重なっている様に感じました。
 国内線であったこと、千歳から羽田(東京)の便であったこと、着陸直後で少々の煙が客室に発生したこと、停止位置が草地であったこと(パイロットの判断、コントロールであったと思いますが)。生と死を分けるのは紙一重の判断や習慣なのでしょう。

 正月三が日の最終日、こんなことを考えていました。




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