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開花

香純さんはおばあちゃんっ子だった。
土日になればおばあちゃんの家に行きたいと言い、行けば帰りたくないと駄々をこねた。
おばあさまのほうも、香純さんが初孫ということもあり、目に入れてもいたくないと言うような溺愛ぶりであったそうだ。
 
なので、おばあさまが亡くなった時は自ら線香の番を申し出た。
この時、香純さんは12歳。
人の死というものに向き合ったのは初めてだった。
線香を絶やさぬように過ごしていると、祖母の布団が動いた。
固定された手のあたりまで布団がめくれている。
ドライアイスがあるせいだろうかと思った。
まるで寝相が悪いように思えて、思わず笑みが漏れる。
祖母の家に泊まると、翌朝には必ず「あなたは寝相が悪い。何度も布団を掛け直したのよ」と言われたのを思い出した。
「おばあちゃん。今日は逆だね」
そう言いながら、布団を掛け直した。
 
ぱさ。
 
布団を直した瞬間。内側から布団が跳ねのけられる。
再度むき出しになる祖母の上半身。
着物の衿の合わせ目。
そこから白い腕が生えていた。
ぼんやりと光り、真っ直ぐに伸びた左腕。
指先を天井に向け、蕾のように閉じている。
これが何なのか。
理解しようとしてもできず、ただ、その腕を見つめるしかできなかった。

「香純ちゃん。大丈夫? 眠くない? あれ、布団どうしたの」
叔母が部屋に入ってきた。
香純さんの隣に来るなり布団を直す。
白い腕は抵抗もせず、布団の下になった。
「だめよ。ちゃんとかけとかないと」
「う、うん……」
「もう遅いから、寝ていいわよ。あとは私が見てるから」
叔母には蕾のような腕が見えていないのだろうか。
それとも遺体からは腕が生えるものなのだろうか。
親族が集まっている部屋に戻ったが、難しい話ばかりしている両親や親戚には聞けなかった。

翌日、告別式を終え、霊柩車に棺を乗せた時。
扉が閉められる直前に、棺からあの左腕が生えているのが見えた。
蕾のようだった指先は開き、こちらに向けてゆらゆらとしていた。

さようなら。さようなら。
まるで語りかけるかのように、揺れていた。
 
「咲いたから、大丈夫よ」

香純さんの様子を見て、叔母が肩を抱いた。
大丈夫ならよかった、となぜか妙に納得できた。
 
後日、香純さんは叔母に腕の話を聞いてみたくなった。
両親に取り次いでくれないかとお願いしたが、不思議な顔をされる。
香純さんのいう特徴を持つ叔母など、存在していなかったのだ。

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