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女神父カスケット・ホーリーシット:【決死の通過支援作戦】#1

「獲物がノコノコ歩いてるよ、カスケット」
とノンシスが言った。
その中性的な声は、誘惑されかねない程に心に響く。
「僕の性欲がビンビン反応してる。間違いない、悪魔だ」
「そうか。で、そいつをハメたいか?」
「いいや全然。僕は美女しかハメないから」

ノンシスはニヤニヤと笑みを浮かべる。
このシスター服に身を包んだ華著な少年の悪魔の性欲は凄まじい。それはもう、あらゆる人間や悪魔を探知して正確にその情報を見抜けるくらいには。
その探知距離も、俺が豆粒くらいにしか見えない距離にいる美女まで嗅ぎ分けれるほどだ。
とはいえ常時発情しているようなもので、悪魔であっても相当負担が掛かるらしい。おまけにコイツは幼い淫魔だ。あまり経験豊富とは言い難く、性欲に振り回され苦しむことも多い。

俺は背負っていた棺桶を地面に置く。
聖別されたバックパックという名目で売り出されている神様社の商品だ。こいつは聖別された道具類を神聖なまま保存できる。
淫魔の欲望を鎮静化する薬も同様だ。
俺は棺桶を開き、そこから小さな魔法瓶を取り出す。そして蓋を開けてノンシスに手渡した。

「今ビンビンだろ。飲め。多少は楽になる筈だ」
「なんだよ、僕を抑圧する気?悪魔にとっても三大欲求はしっかり満たさないといけないものなんだよ」

と不服そうにノンシスは呟いたが、彼は荒っぽく魔法瓶を取り上げた。
彼が魔法瓶の中身を飲んでいるうちに、俺は棺桶から更に双眼鏡を取り出す。ノンシスが言う悪魔の存在を確認しておきたかった。
これは高度に倍率が変更できる光学サイトを使っているが、聖別されているから悪魔を問題なく視認できる。これも神様社の製品だ。

双眼鏡を覗き込むと、ノンシスの言う通り悪魔がいた。
ずっしりと重い空気が漂うような廃墟の中に、悪魔が一、二……四体。全員、3m大の人間のような悪魔だ。オブシディアンのように黒い外殻に覆われていて、外殻と同じような角を至るところから生やしてる。聖別された武器でもヤツのような悪魔を殺すことは困難で、面倒だ。
だがそういう面倒で邪魔な奴らを先に片付けておくのが俺達の仕事だった。

「どう、ちゃんといたでしょ!後でご褒美ある?」

薬が効いたのか、快活さが多少増したノンシスが言った。

「ああ、ちゃんとやるぜ。だがまずはアイツを片付けてからだな」
「ご褒美は金髪のおねーちゃんが良いなあ。ボンキュッボン!」

ノンシスは気楽そうに言っている。
悪魔を殺すのは俺の仕事だ。コイツも相当強いが、専門分野ではない。だからよく、ノンシスはターゲットの探知が終わったらもう仕事が終わったと思っている。
呑気なガキだ。
俺は双眼鏡から目を離し、棺桶から複数の部品を取り出した。
あの悪魔をここから殺すには、神様社製の聖別されたスナイパーライフルを組み立てる必要がある。あと銃弾もとびっきり強力なヤツが必要だ。

「この前カタログで見つけてさ――ン」

ノンシスが「ン」とか言う時は、大体めんどくさい事が起きる前兆か、起きてる最中だ。
どうやら今回は前者だったらしい。
俺も微かに、何かがこの世に召喚されたような気配を感じ取った。
そしてその正体はすぐに分かった。

『AAAAAAARRGHHHHH!』

辺り一帯に咆哮が響き渡る。
咆哮の主は紛れもなく悪魔だった。しかも双眼鏡で見たオブシディアン悪魔よりも遥かにデカい。大悪魔だ。双眼鏡を通さなくてもハッキリと目に映った。紫色の瘴気が大悪魔の周囲を包んでる。瘴気からは次々と小型の悪魔が出てくるだろう。作戦が台無しだ。
突然の大悪魔の顕現で、後方待機してる聖騎士警備の連中はさぞ驚いてることだろう。
俺だって驚く。最悪だ。

「え、まさかアレって……」
「大悪魔だな。台無しだぜクソが」
「見たところまだ番号も割り振られてないような新種っぽいね!」

クソッタレ。
大悪魔は悪魔を従えるわ増やすわで相当凶悪なヤツだ。中には戦略核的破壊力を持つ大悪魔も存在する。そういうヤツが世界に一体、増えたというワケだ。

「やめだやめ。後方待機の連中に作戦中止を伝えねえとな」
「でも僕達の仕事って、先に斥候として全部の悪魔を片付けて道を切り開くってヤツだったよね」
「そうだがよ、これじゃあ流石に作戦は中止なんじゃねえか」
「でも僕達の立場的に、アイツも殺さないといけないんじゃない?」
『その通りだ』

耳元の小型通信機器から声がした。
声の主は後方待機している聖騎士警備の第11パラディン大隊の大隊長、ゲシュペルト・グリーヒルド。さぞ驚いているものだと思っていたが、相変わらず堅物だ。
ノンシスの機器にも声が聞こえたようで、ビクッと一瞬震えた。

『作戦は続行する。このオールグリード地帯を抜け、第二級大悪魔”アミー・ツー”と戦う前線部隊へ物資を届けなければならないのは事実だ』

そんなもの諦めちまえ、と言いたくなる。
だが”アミー・ツー”と戦う前線部隊がいなくなれば、やがてこの新しく顕現した大悪魔と共に都市部へと襲い掛かってくるのは確実だ。
そうなれば最悪な事態になる。
ヤツらはそれを危惧しているんだろう。
一度に二体の大悪魔を相手取る戦力など、首脳部のある要塞都市くらいにしか存在しない。
となれば――

『ここで新たに顕現した大悪魔へ聖戦を仕掛ける』

そう来るだろうと思った。ヤツらの立場的に、そう言うしかないだろう。それがムカつく。

『幸い、新たに顕現した大悪魔の等級は第三級との見解がこちらの悪魔調査官より出ている』
「そんな情報アテにして良いのか?一年前の件を思い出せ」
『カスケット神父、貴方の言葉は聞いていない』

平坦で、当然だとでも言わんばかりの声色だった。それが尚更ムカついた。

『ともかく、我々は現在顕現した大悪魔を”キマリス・ワン”と名付けることにした。カスケット神父及び悪魔部隊は”キマリス・ワン”へ聖戦を仕掛け、こちらの大隊のオールグリード地帯通過を支援せよ』
「なんだって?」

思わず言葉が漏れる。
てっきり一緒に無駄死にするのかと思った。
だがヤツらはそのつもりはないらしい。どうやら俺達を盾に、例の前線部隊と合流し体制を立て直そうとしてるようだ。

怒り叫びたくなるが、確かに同意できる判断ではある。
捨て駒同然の部隊――それも制御可能な悪魔という強力な切り札かつ、死んでも何の問題もないヤツらの寄せ集めを犠牲にして被害を最小限に抑えつつ、大規模な前線部隊と合流できるならそれ程良いことはない。
運が良ければ、大悪魔を各個撃破していくこともできる。

妥当だった。それ故に最悪だ。

『もう一度言う。通過を支援せよ。これは命令だ』
「……どうする、カスケット。これ、相当ヤバイ作戦になるよ」

ノンシスは顔を青ざめさせている。
コイツも、大隊と一緒に大悪魔と戦うことを想定してた筈だ。
そりゃこういう顔にもなる。
だが、断れば絶対死ぬ。
俺は悪魔を監督してケツを蹴って仕事させてるだけだが、それでも処分は酷いものになるだろう。多分、死ぬ。悪魔と一緒に仕事をすることになったのも――

『命令だ。だが答えは聞かなければならない。カスケット神父、実験的に発足された部隊が作戦を放棄した際の処遇に検討はついているだろう』

追い打ちを掛けるような通信。
俺は絶叫するように叫んでやった。

「分かった作戦了解!死にに行けば良いんだろ!?」
『首脳部が従属させている大悪魔が貴方達を蘇生する。死の心配はない。全力でこちらの通貨を支援せよ』

つまり、ゾンビになってでもあの大悪魔を食い止めろ、ってワケだ。
ノンシスは半笑いを浮かべていた。
強力な淫魔でも、半笑いを浮かべるくらい絶望することはあるらしい。

『そして本作戦には、後方待機していた貴方の部隊に従属する悪魔の一体”バサク”が加わる。全力で食い止めるべし』

どうやらヤツらはマジらしい。
バサクというのは問題児だ。悪魔部隊の中でも飛びっきりの。
だが腕は確かだ。ただの悪魔だというのに第三級大悪魔程度のやつ――つまり今新しく顕現したようなやつを、一人で葬ったという噂もある程度には。
問題はヤツを制御できるかだ。下手したら全員死にかねない。

俺達は死ねない事が約束されたが、全員死んだ暁にはそれよりもっと酷いことが待っている。

ー続く

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