中学受験の弊害

 完全なる自分語りをさせてもらうが、僕は中学受験経験者である。

 この経験から断じたいのだが、中学受験とは完全なる親の自己満足である。考えても見てほしい。小学生低学年の頃から遊びを禁じられ塾通いし、入った進学校でも勉強という名の競争社会に揉まれ、その代償としてなけなしの学歴を得て社会に出る人間が、果たしてまともであるかどうかを。

 まともであるわけがないのだ。

 男女別学なんて時代錯誤なものに入れようなら事態はより最悪だ。貴重な青春時代を同性だけで過ごし、異性に対する歪んだ搾取願望と性的欲求だけが肥大すれば、もう完全なる社会不適合者、性的弱者の出来上がりである。学歴もある、性格も悪くない、なのに異性とまともに会話を繋げないために非モテに甘んじている人間なんて僕は腐るほど見てきた。

 話が逸れた。男女別学の弊害については他の記事で述べることにする。

 主観だが、幼いころに遊びを禁じられた人間には、どこか「歪み」が生じる。それは自分と違って遊び惚けてる周囲への嫉妬や羨望だったり、自分を束縛する親への怒りとも憎しみともつかぬ負の感情だったりする。親のせいにするな、自分で決めたんだろ。まさか自主的に中学受験をしたと思っているのだろうか? まだ10にも満たないそこらの子供にそんな大層な判断力が備わっていると果たしてあなたは思うのだろうか? 権利能力意思能力行為能力の違いはお分かりだろうか?

 まあそれは置いといて、僕の心に幼い頃から蟠っていた感情の話だ。

 僕は幼いころから「何で自分(たち)だけ」という心情をずっと抱えてきたように思われる。

 周りは遊んでるのに、何で自分だけ勉強しなくちゃいけないんだ。

 内部生は楽して入ってるのに、何で自分だけ死に物狂いで勉強しなくちゃならなかったんだ。

 高々偏差値50の公立の共学校の人間は男女交際に現を抜かし青春という名の堕落を謳歌しているというのに、何で自分たちだけむさくるしい男に囲まれて勉強だけしなくちゃならないんだ。

 まあ挙げれば枚挙に暇がない。

 それだけ歪んだ青春を送ったということの証左でもあり、それだけ不平不満ばかりの人間だったということの証明でもある。

 でも、考えても見てほしい。「普通」は、「子供は遊ぶのが仕事だ」と言われ小学校を遊び惚け、中学高校を「ほどほどに」勉強して「平均レベルの」大学に進学する。これがマジョリティの青春設計ではないか。

 そんな多数派から外れた僕が「平均レベルの」大学に入って感じたのは、「価値観が違いすぎる」だった。まず、話がかみ合わない。

 決して中学受験をしていない人間を馬鹿にしているわけでも、中学受験をしたにもかかわらず落ちこぼれた自分を卑下しているわけではない。

 ここで言いたいのは、「多数派の価値観を持っていないと周囲になじめない」ということだ。僕が大学で出来た友達は殆どが進学校で落ちこぼれた人間であったし(話題はひたすら自分の大学のDis、全くもって生産性がなかった)、共学の人間が中学高校の異性遍歴を吹聴して盛り上がっている輪にはついぞ一度も入れなかった(多分これからも入れない)。

 僕には、「青春」がないのだ。

 勉強だけしてりゃよかったじゃん。全くもってその通りなのだが、幼いころから「やらされる」勉強ばかりやってきた僕には、自分で「やりたい」勉強が見つからなかった。中学受験のように手取り足取り指導してくれるおままごとの勉強でなければ、僕は輝けなかったのだ。そう、結局僕は小学生から積み上げてきた勉強を途中で挫折してしまい、中途半端な結果に終わったただの敗北者だ。

 だが、ここで主張したいのはそんなチンケな自分語りではない。僕のような人間は、たとえ受験に成功しても明るい未来など待っていなかっただろうから。

 周りの中学受験経験者と話すと、自然と話題は中学受験のことになる。そう、あれからもう十年たっているのに。言っておくが、僕はこの手の話題を薦められない限り自分からは振らない。向こうが振ってくるのである。

 ある受験成功者は、いまだに言っている。都内の男子校ではここがいいとか、都立と私立だったらどっちがいいとか、話題はそんなことばかり。

 あーー、くそつまんね。もう黙れよ、聞き飽きたと流石の中受の亡霊の僕でもそういいたくなる。中学高校で散々話したこの手の話題には辟易しているのだ、こちらは。けれどやつらは話し続ける、自分が一番「輝いていた」黄金時代を回顧し、トイレの壁にでも話してればいいものを延々と喋り続ける。

 それならまだいい方で、ネットで学歴を看板のように掲げてイキリだし、「中学受験イキリ」なんてし始めたらもう世も末である。お解りだろうか。小さいころから勉強ばかりの人生を送っていると一般的な価値観を構築できず、ろくな末路を迎えないことが。マーチってエフランじゃないらしいぞ。

 これは完全なる私見、聞き流してほしいのだが、最近高学歴の大学生の性的暴行事件が相次いでいるのも、この「歪み」が大きいと思うのだ。幼いころから「勉強第一」の方針で育てられた人間は、勉強よりも大事なものを零れ落としているような気もする。

 余談だが、僕は中学高校と別学で異性と一言たりとも会話することなく六年間を終えたことが一生かけても贖えないほどの極大のコンプレックスとなっている。今でも待ちゆく高校生カップルが手を繋いで闊歩しているのを見ると惨めになる(別に共学に行ってたらなんて話をするつもりはない)し、中学高校の異性との空白期間で何か人間として大事なものを亡くした気すらする。こんな歪な環境で育ったのだから、せめてその経験を文章にして認めたいと思ったのが、この記事を書いた動機だ。

 グダグダになった気もするが、中学受験をした人間の末路のひとつと考えてほしい。僕の知る限り、普通に大成功を収めている人間もいるにはいるので、成功例もたくさんあるだろう。だが、失敗例もあるということをよく知っておいてほしい(学歴が~中受が~と言っているだけで大学生活の大半を終えた人間を、僕の知る限り僕も含めて三人は知っている)。

 気分を害されたなら申し訳ない。丁度たった今、テレビから「中学受験に失敗して病む小学生が増えている」とのニュースが流れてきて、僕に中学受験をさせた人間が「成功してもその先で失敗することだってあるのにね笑」と漏らしたから、思わず筆が滑ってしまった。三十分で三千字って、過去最速ペースじゃないかこれ?

 重ね重ね、この記事を見ている方で愛しい我が子に中受をさせようと目論んでいる親御さんに忠告したい。

 本当にそれでいいのか?
 それはあなたの自己満足や虚栄心の域を脱していないのではないのか?
 第一あなたは自分の子供にそれだけの勉強を強いれるほど大層な頭脳、学歴を備えているのか?
 (中高一貫男子校に入れる場合)孫の顔が見られなくなってもいいのか?

 中受親、資産の貯蔵は十分か?

 

 この辺りを重々検討し、後悔のない人生を子供に歩ませて欲しいと願うばかりである。まぁ、中学受験をさせられるというだけは最低限恵まれた資産を持っているのだろうから、判断を誤ることはないと思うが。

 中学受験はクソ。以上、中受に青春破壊された人間の怨嗟でした。本当に、中学受験はクソ。ああ、次は生産性のある明るい記事を書きたいなあ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

7

みつぐ

ミステリと百合とノベルゲーが好き/愚痴とも考察ともつかぬ駄文を書き散らします/web小説書いたり同人活動したり 多分代表作→https://kakuyomu.jp/works/1177354054885814119

コメント2件

僕も中学受験させられて、男子校に通ってます…
テストを受けては偏差値を見て、という感じなので、大学入るまでは我慢だなと、青春の謳歌は半ば諦めムードです笑
コメントありがとうございます。是非大学で頑張って下さい。僕のように変に拗らせなければ無問題だと思います。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。