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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『私へ/supercell』 【番外編】


 皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは。
 今はOffのポニーちゃんです。
 といっても、このあとしばらくしたら、今日もラジオの収録なんですけどね。

 いつもはどこかの誰かの『ご注文』を紹介している私ですが、たまには私自身の『ご注文』、いえ、私自身の思い出を語るのもいいのではないかと思いまして。

 ずっとずっと昔。
 私がまだ、高校に通っていた頃のお話です。
 私には、当時好きな人がいて、でも、その人にはもう、心に決めた人がいて……。

 そう、どこにでもある、よくある話。
 それが私の青春でした。



「ぬ……ぬぬ……」

 どうもこんにちは、神越 仭です。
 現在教室にて課題に勤しんでおります。
 勿論授業中等ではなく放課後です。

「ああ畜生しまったしまった、まさか微妙に日数足りないなんて計算ミスだった……」

 月曜の科目は注意しないと分母自体が少ないので、休める回数も少ない。
 こんな所でダブってる訳には行かないのである。
 まぁ、テストの点に関しては問題ない感じなので、今回の問題は出席と提出課題の方なのだ。

「と、余計な事を考えている暇はないな。急がないとバイトに遅れるな……」

 今日は二十時からのシフトなので頑張れば間に合う……筈だ。
 間に合わせたいんです。
 しかし、しかしだ。

「何で英語の課題を忘れたからって、その完訳をドイツ語に翻訳しなきゃならんのだ?  どう考えても嫌がらせ以外の何物でもないだろこれ……」

 実は英語は土地柄というか、この街には米軍基地もあるので街には外国人が結構居る。
 だから昔から英語と触れ合う機会が多かった……と言うよりは英語を知らないと正直生きていけない様な生活もしていたのでそれなりに出来るのだ。
お堅い論文とかは無理にしても物語文とかなら結構すらすら出来るのである。
 しかも、この文章は知っている。
 眠れる森の美女。有名な話だ。
 俺の母さんはディズニー好きだったので歌も歌えるくらいに覚えていた。
 なので全部で三十ページはあった英文が作業を始めて三十分で全て和文に訳せていた。
 三十分で三十ページ、一分一ページだからそれなりにいいペースだ。
が、正直言ってドイツ語は全く分からない。

「……ドイツ語なんて、ライデンシャフトが『情熱』だって事くらいしか知らないぞ?」
「でも、レイデンシャフトが『情熱』だって知ってるのはそれはそれですごい事だと思うな」
「ポニー?」
「頑張ってるかな、仭君?」

 万年学年二位。常にトップと一問差。そんな神業をずっと続けているのが俺の目の前に立つポニーこと馬掘 万里子である。
 つまりすごく頭がいい奴だ。そして、頭だけじゃなくて凄くいい奴だ。

「こんな所に何しに来たんだ?」

 ほんのちょっとだけ期待しながら、俺はポニーに確認してみた。

「うん、職員室に行ったら英語の小松原先生が『神越の奴に面倒な課題を与えたら珍しく顔を歪めてましたよ、あっはっは』って言ってるのを聞いてね……それは酷いなって思って、お手伝いをしようかなって……迷惑だった?」

 期待通りの答え。
 てか小松原め、今度しめる。

「俺の力でやるよ、俺の課題だ」
「……」
「って、昔の俺なら言ってたかな?  でも正直ドイツ語じゃ辞書すらねぇもん。手も足も出ない。悪いけど協力してくれると凄く助かるよ。お願いしてもいいか、ポニー?」
「うん、勿論!」

 そう言って笑うポニーの笑顔は、本当に可愛かった。
 いや、俺には満月、心に決めた女性が居るので、ころっと行きはしないぞ? 
 でも、この笑顔にときめかない男は男じゃないと思うのだ。

「ん、じゃ、やっちゃおうか?」
「ああ、でも、ポニー。ドイツ語なんて分かるのか?」
「うん、大体は……」
「何者だお前?」
「ん?  ポニーちゃんだよ?」
「凄いなポニーちゃん」
「凄いでしょ、えへへ……」

 本当に凄い。
 凄い可愛い。

「でも、仭君も凄いよ?」
「どこが?」
「ホームルーム終わって約三〇分でこの物語を完訳してるんだもん。しかもざっと見たけど間違いはほとんど無かったし。凄いよ!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ!仭君はすごいっ!!」

 何だかポニーに言われると、本当にそんな気がして来るから凄い。
 コイツ人を立てるのが凄く上手いんだ。だから、その反面でコイツは日の目を見ないんだ……。
 それって凄く損な特技だと思う。
 俺はこんなに一緒にいて初めてポニーに対する考えを改めた。
 ポニーは真の意味での空気なんだ。
 居ても居なくても変わらないんじゃなく居ないと皆が息が出来ない。そんな存在。
 それは皆に必要とされているのに、皆には居るのが当たり前過ぎて必要としている事にすら気付かれないという、損な存在だ。

「ポニー」
「ん?」
「いつもありがとな」
「ん? ……うん、どういたしましてだよ……」

 そう言って笑うポニーはいつもより少しだけ優しく笑っていた……気がした。


「だからね、ドイツ語には男性名詞女性名詞があるから……」
「ああ、そうか……」

 ポニーの協力で四苦八苦しながらも着実にページを熟して行く俺。
 驚く事にあれから三〇分でもう半分のドイツ語訳が終っていた。
 俺は辞書を片手にだが、ポニーは辞書を使わない。
 だというのに俺のスペルミスとかに気付くとかどういう事なんだろう? 

「なぁポニー?」
「んぅ?」
「辞書もないのに何で解るんだ?」
「うーん、ある程度の単語は頭に入ってるからかなぁ? ほら、そうじゃないとドイツ語原著の本とか読めないじゃない?」
「じゃない? とか同意を求められても一切同意が出来ないんだが……」
「あはは……でも原著本は面白いよ? やっぱり訳すときに落ちる表現とかあるんだけど、それがその国独特の皮肉になってることもあるの。それを知らない人の方が多いのかと思うと、少し淋しいな……」
「すまないポニー、話の内容が高尚過ぎて俺には同意もツッコミも出来ない……」
「あ、うん。趣味全開の話でごめんね」

 しかし、良く考えるとこうしてポニーと話をするなんて今までに無い体験だ。
 新鮮な筈なのに、このどこかズレたこの感じが何故だか懐かしかった。

「あ、そこ違う。そこはaじゃなくてeだよ?」
「あ、本当だ……」

 いや、それにしても凄い。
 英語だけじゃなくてドイツ語もとか、何で解るんだろうか? 
 原著本を読むためだけにそんな努力をするだろうか? 

 俺ならしない。
 何か他に理由があれば別だが……。

「何でこんなに頑張るんだ?」
「ほ?」
「いや、そこまで出来るようになるまで生半可な努力じゃないだろ? 何がポニーをそうさせるんだろうって、ちょっとした疑問」

 それは、もしかしたら聞いてはいけない事だったのかも知れない。
 聞かない方が良かった事なのかも知れない。

 後から考えれば、少なくとも俺が聞くべきではない事だったと思う。
 でも、それでもポニーは笑顔だった。

「うん、じゃあそうだなぁ……私ね離れ離れになっちゃった初恋の人に自分の事を見て欲しくて、覚えていて欲しくて、どうすれば良いかって考えてね……」
「……」
「学校も違うし住む所も何もかも違っちゃって、それこそ同じものなんて星空とかそんなものしかなくて……でも、そんなもの繋がってても、何も伝わらないじゃ無い?」
「……そうだな」
「私子供ながらに考えたんだぁ……共有出来るものってないかなぁって。それでね、一個だけ見つけたの、何処でも一緒なもの」
「……凄いな、俺には思い付かないぞ?」
「そうかな? 結構簡単な答えだよ?」
「?」
「全国模試。全国何処でも受けられて、同世代の子となら誰とでも共有出来るじゃない?」
「……なるほどな……」
「これで上位をとれば、名簿に載るでしょ? 当時の私としては、それこそ唯一のアピールポイントかも知れ無かったから、必死に頑張った訳」
「だから勉強だったのか……」
「私足も早くないし、特に取りえも無いじゃ無い?」
「何も無いことは無いと思うけど……」
「ありがとう。それでこれしかないって思った私は、もう本当に必死で頑張ったのね……塾に行くお金も参考書買うお金も無かったから、図書館に行って勉強したの。本も沢山読んだなぁ……その本をその人がどこかで読んでるかも知れないと思うとドキドキしたっけ……」

 本当に一途で、本当に純粋に、ひたむきに頑張ったから、今のポニーがあったんだな。
 そこまで思われていた初恋の人とやらは幸せ者だなと思った。

「それでね、気が付いたら、全国模試の順位表に名前が載るようになってた」
「それで載っちゃう辺り、やっぱりポニーは凄いよ」
「どうなんだろうね? でも」
「ん?」

 夢を見ている様だったポニーの顔が、一気に雲ってしまった。

「そうしたら、大人達が変わったの……」
「……」
「私に対して、目に余るほどに甘くなった。そして、結果を求める様になった」

 それは容易に想像が出来た。
 大人は子供以上に現金だ。
 金のなる木は見逃さないし、その要求はどんどんと上がって行く。
 少女の大切な決意は、そんな大人の汚い欲望に汚されてしまった……。
 そんな感じの顔だった。

「みんなが褒めてくれた。頑張れば頑張っただけ、結果が出れば出ただけ褒められた。それが嬉しくて頑張って、また褒めて欲しくて……そんな事を繰り返して、気が付いたら周りは適ばかりだった」
「……」
「でもそれは当然。だって私はその人しか見て無かったから。誰も相手にしていない人を誰が相手をしてくれるんだろう? 誰も相手にしてくれないよね」

 それは辛そうな、でも終わった事を語る顔。

「自分の事しか考えてなかった私は、それなりの賢さを手にしたけど本当にただそれだけだった」
「そんな事は……無いよ?」
「ううん、それだけだったの、本当に」

 それは、俺の知らないポニーの顔。
 恐らく知る必要の無かった、ポニーの闇。

「こんな空っぽの私なんて、その人はきっと見てくれないんだって気付いて、私は初めて周りに人がいる事に気が付いたんだよ……それは本当に驚くべき現実だった」
「それまで周囲を意識せずに居られたのは凄いよな……」
「うん、凄いおバカだよね。成績が良いだけ。本当にただそれだけだった。だから、その無駄に沢山ある知識を皆の為に役立てたいと思ったの」

 それから、ポニーは頑張った。委員会、生徒会、討論会にボランティア。必要とされればどこにでも行った。なんでもやった。
 ただ周囲の笑顔の為に、全身全霊をかけて……。
 いつの間にか、ポニーの周りにはいつも笑顔があった。
 そんな日々。

「………それが私」

 最後にポニーはそう締めくくって、柔らかく微笑んだ。
 俺は馬鹿だから、相応しい言葉なんてやっぱり見つけられなかったから……。

「凄いな」
「別に凄くは…」
「ポニー、凄く頑張ったな。凄いよ、ポニー……」

 そんな事しか、言えなかった……。

「凄いな」
「別に凄くは…」
「ポニー、凄く頑張ったな。凄いよ、ポニー……」



 それは……、

「え?」

 私が、ずっと望んでいた言葉だった。

「……ひっく、……えく、ふぇ……ふぇぇ……」
「ぽ、ポニーさん?」

 目の前で仭君が戸惑っている。
 それは分かっているのに……。

「ふぇぇ、ふぇええええっ!!」
「おい、ポニー大丈夫か!?  俺変なこと言ったか?」

 困るのは分かっているのに、困らせたくないのに……。
 溢れる感情も、涙も、なにもかも、私は止める事が出来なかった。

「ありがとおぉぉ~……ありがとう仭君ん~~っ!!」
「いや、その、全く意味が分からないんだが?」
「ふええええっ!!」

 涙は、感情は止まらない。

 だって、
 他でもない、貴方に。

 誰でもない、そう、貴方に。

 私は、褒めて欲しかったのだから……。

「ひっく……ぐしゅ……」
「落ち着いたか?」
「……うん……」

 どれ程そうしていただろうか? 
 もう、分からない。
 でも、彼は何も言わずに胸を貸してくれた。
 何も言わずに、優しく背中を撫でてくれた。
 何も言わずに、優しく頭を撫でてくれた。

 それだけで、これ以上ない位に幸せだった。

 そして、自覚した。

 ああ、私は……。

 私はどうしようもないくらいに、この人のことが好きなのだと。

「ごめんね……」
「いいよ、気にするな。嫌な過去の話とかさせてごめんな」

 彼は誤解しているようだけど、多分それでいいんだ。
 私のごめんは彼にではなく、満月ちゃんへのものだから。

「よし、もう大丈夫。さっさと片付けて帰ろっか?」
「そうだな、後もう少しだ……本当にありがとうな、ポニー」
「ううん、私が手伝いたかったから手伝ったの……でもそうだなぁ……」

 そう、諦めるつもりだった。
 仭君と満月ちゃんが幸せならそれで良いと。
 諦めていたつもりだった。

 でも、

「じゃ、埋め合わせに、今度どこかに連れて行って下さい」
「うーん、何処が良い?」
「わ、ダメもとだったのにつれてってくれるんですか!?」
「世話になったしな」
「わーい!!」

 やっぱり諦めきれないから。
 さっきのごめんは、満月ちゃんに『やっぱり諦められなかった』からって意味のごめんねなのだ。

 つまり、

「覚悟して置いてね?」
「え?  俺から搾り取るつもりか、ポニーっ!?」
「何をでしょうねぇ?」
「怖っ!! 何か怖っ!!」
「とりあえず、今は知恵を絞りましょう」
「畜生……上手い事言われた……」
「別にそんなに上手くないでしょ?」
「そうか?」
「そうだよ」

 宣戦布告の準備は我にあり。だ。



 結局、決意も虚しく、私はその宣戦布告をあっさり取り下げ、こうして現在に至るのだ。
 本当にこれでよかったのだろうか?
 そう、自分に問いかけることもたまにある。
 でも、そんなことは言わぬが花だ。
 私は知っている。
 今日に至る、私自身の物語を。
 彼らの、幸せな笑顔を。

 あの日の私も、それからの私も、必死に生きて、必死に頑張って。
 泣いて笑って、今日という日まで駆け抜けてきたのだ。

 噴水の見える広場で、私はあの頃の私が、当時流行った某SNS日記サイトに書き込んだ、過去の自分の日記を見て、思わず、こんな昔のことを回想してしまったけれど……。

 当時の私へ、今の私からコメントを返しておく。

『私へ

 お久しぶりです。こんにちは。
 私は今、ラジオのパーソナリティをやっています。
 もちろん元気にしています。
 あの時の気持ちについてですが、
 残念ながら、忘れることはできません。
 きっと、一生忘れられないのだろうと思います。

 でも、こうして、大人になって、
 あなたの決断が間違っていなかったことは確信を持って断言できます。

 これでよかったと、言い切れます。
 確かに、たまに後悔もするけれど。
 言わないで正解です。
 そう、だって私も知っています。
 あなたの、これからの物語を……』

 ポエムにはポエムを。
 そう思って書いたけど、やっぱり恥ずかしい。

 でも、この日記を消すことはしません。

 だって、自分の物語の一部だから。

 さて、それでは、そろそろラジオのお仕事に向かわなくては。

 それでは最後に、皆さんに一曲、ご紹介して終わりましょう。
 supercellのアルバム『Today is A Beautiful Day』より。
 とある楽曲へのメッセージソングです。
 聞き覚えのあるメロディを聞くと、どうしてもその『とある楽曲』も聴きたくなりますよね?
 それでは、お聞きください。『私へ』です、どうぞ。

 静かなピアノのイントロのあと、静かな歌声が響く。

 それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ……。

[EDテーマ曲:『私へ/supercell』 是非聞いてください]

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