DAMNのメッセージが分かった。そう自信を持って言える人はほとんどいないのではないでしょうか？その原因はDAMNの語りが「皮肉に満ちた風刺,SATIRE」だからです。額面通り歌詞を読むと金、暴力、セックスを称えたラップとしてオーソドックスな内容が多いですが、それは罠です。この記事を読めばDAMNの歌詞を解釈する時、何が風刺で何が真のメッセージか判別できるようになります。

　DAMNのメッセージは「やられたらやり返す」これはよくない、倍返しなんてもってのほか。やられても無視するか、敵を許すかしてください、なんなら親切にするともっとよいです。以上です。え？そんなこと歌ってないって？だからDAMNは皮肉に満ちた風刺なんです。では細かくみていきましょう。

　まずはDAMNの前にGood Kid Mad City(GKMC)とTo Pimp a Butterfly(TPAB)のおさらいです。DAMNの理解には必須です。GKMCではケンドリックの友達がギャングに殺される。ケンドリックはグレそうになる。しかし、キリスト教とラップに救いを見出し、ギャングになって復讐せずにラッパーとしてコンプトンの王になる。TPABではラッパーとして自分は成功したけど、依然としてフッドで苦しんでる黒人を導くにはどうしたらいいのか迷う。黒人同士が違うギャングに分かれて、殺しあってるのがよくない。どうしたらいいんだ？違うギャング同士でもお互い個々の人間としてなら尊敬できるはずだ。敵を尊敬するには、まずその前に何より自分を愛する必要がある。I LOVE MYSELF！これが大事なんだ。以上２作品からケンドリックの「黒人同士が争ってるのをなんとかしたい」という問題意識が理解できると思います。ではDAMNに移ります。

　アルバム冒頭から引用です。「邪悪か弱さか。あなたが決めなさい。私たちは生きるのか死ぬのか」うーん、これぞケンドリック！全く意味がわからない。しかし初っ端のこれが、このアルバムの全てといっても過言ではありません。邪悪か弱さ、どちらかを選択すれば生き残ってハッピーエンド、違う方を選べば死亡バッドエンドです。さあどっちだ！邪悪か弱さ、どちらかが正解です。多分、邪悪は死亡エンドだろう。ということは弱さがハッピーエンド？その通り！

　ハッピーエンドは最後の曲DUCKWORTH.で確認できます。舞台は若かりし頃のケンドリックパパが働いていたケンタッキーフライドチキン。その店で昔強盗をした男アンソニーがやってくる。パパはアンソニーがまた強盗を繰り返すのを警戒した。実際アンソニーは徒党を組んで再度、強盗をするつもりだった。パパはおかしな行動に出る。アンソニーが店にきた時、いつもチキンとビスケットをタダでサービスしたのだ。アンソニーはパパのことが気に入り、彼らがケンタッキーに強盗に入ったとき、パパは無事に生かされた。結局強盗するんかい！とか他の店員どうなったの？とかつっこみどころはある。しかし、もしパパが「やられたことは、やり返す。倍返しだ！」という半澤直樹精神を発揮して力で抵抗していたら、返り討ちにあって、幼いケンドリックを残して死んでいたかもしれない。ギャングにならずにラッパーになったのは父親が見守っててくれたのが大きいとケンドリックはインタビューで答えている。父親なしで現在のラッパーケンドリックはありえない。仮にパパが無事アンソニーを撃退したとしても、ケンドリックがラッパーになることはなかった。アンソニーは偶然にも、後にケンドリックを成功に導くTDEレコードの社長だったのである。アンソニーがパパに殺されていたらケンドリックはラッパーになれなかった。ケンドリックはラップの道がなければ、ギャングとして死ぬか、刑務所行きだった可能性がある。パパの敵に親切にする選択は、パパ、アンソニー、ケンドリックの全員の命を救ったといってもいい。ちなみに実話です。

　かくして邪悪ではなく弱さを選んだパパ達は生き残ってハッピーエンド。この話を当てはめるとこうなる。
邪悪＝やられたらやり返す
弱さ＝敵に親切にする
そう、邪悪といっても、嫉妬や裏切り、盗みなどのあからさまな悪行ではなく、弱さといっても精神的・肉体的に弱いわけではない。そこが理解し難いところであり、ミステリー要素のある巧みなワードチョイスだったと言える。ただ、弱さこそ素晴らしいというのはケンドリックのオリジナルではなく、キリスト教の概念らしい。詳しいことは私は分からないので説明は控える。
　
　この「邪悪＝やられたらやり返す　弱さ＝敵に親切にする（許す）」はTPAB、GKMCのギャング間の復讐の連鎖問題に対する処方箋でもあり、３つのアルバムはみごとにテーマが一貫している。そこで、邪悪・弱さの二項対立をDAMNの他の曲に応用してみよう。

　まずはPRIDE.だ。「高慢さはお前とお前と俺の死」これはまさに、高慢さ（邪悪）はアンソニーとパパとケンドリックの死につながることを歌ってる。DUCKWORTH.と繋がっているのだ、ここで上述したアルバムの冒頭BLOOD.を再度引用する「邪悪か弱さか。あなたが決めなさい。私たちは生きるのか死ぬのか」パパは弱さを選んで、私達（アンソニー、パパ、ケンドリック）は生き残ったのだ。DAMNは曲同士が強固に結びついている。

　さらにXXX、自分の子供をギャングに殺された友達が、カンフーケニー（呪われたケンドリックのオルターエゴ、DAMNは呪われてるの意）に質問する。「俺のために祈ってくれ、お前は神から祝福されたリーダーなんだろ、どうやって俺はこの悲劇を乗り越えたらいいんだ。」弱さを選ぶなら「許してやれ、復讐したって子供が生き返るわけじゃない。」だがカンフーケニーの返答は邪悪である。「もし何者かに俺の子供を殺されたとしたら、それはその後その何者かが殺されるってことだ。」まさにやられたらやり返す。だがこれはケンドリックの本意ではない。皮肉による風刺なのだ。

　次にELEMENTより「聖書は置いとこう、目には目をだ」　目には目を、即ち、やられたらやり返す。ちなみにイエスはどういう見解なのか聖書を引用してみよう。弱さを選択することがどういうことか書いてある。

イエスは，「目には目を」というおきてを間違って解釈する人たちがいることを知っていました。それで，イエスはこう述べて彼らの見方を正しました。「『目には目，歯には歯』と言われたのをあなた方は聞きました。しかし，わたしはあなた方に言いますが，邪悪な者に手向かってはなりません。だれでもあなたの右のほほを平手打ちする者には，他のほほをも向けなさい」。（マタイ 5:38，39）

　ELEMENTを歌っているのがクリスチャンのケンドリックではなく、呪われたカンフーケニーだということがはっきりしたと思う。ちなみに右手で平手打ちをされたら、左のほほがやられるんじゃね？昔の人って左利きなの？みたいな余談もあるので興味のある方はググってみてください。

　あと２ついきましょう、YAH. 「FOXニュースは視聴率稼ぎに俺の名前を使いたいらしい……誰かアナウンサーに俺には大志があるんだって教えてやってくれ」ブラックリブズマターのアンセム、Alightの歌詞をニュースが一部だけ切り取って「ヒップホップが人種差別よりも若いアフリカ系アメリカ人に悪影響を与えている」とケンドリックを非難したことに文句を言っている。BLOOD.DNA.でもこのニュースのサンプリングがしつこくされており、ケンドリック怒ってるな。という印象だ。DAMN
を真剣に聴いてる方なら、誰しもそう思ったことがあるだろう。これにはどう対処するのが弱さなのか。答えはGOD.にあった。

　ということで最後の引用はGOD.より。「俺には悪い癖がある、浮き上がるんだ、アンチはスルーだ。」ここでの悪い癖というのは、文脈からアンチをスルー出来ないことだろう。実際スルー出来ずに前半でしつこく、FOXニュースの切り取りに反応していたことが伏線になっている。アンチはスルーするのが弱さを選択することなのだ。ピューリッツァー賞受賞作のメッセージが「アンチはスルー」というのもスケールが小さすぎて笑ってしまう。しかし、これが神の道なのだ。ちなみにキリスト教では神の対極に人間の本能があり、キリスト教徒として、どれだけ神に近い位置に自分が高められるかという考え方をするらしい。それを踏まえると、”浮き上がる”というのは「邪悪＝人間＝地上」から「弱さ＝神＝天」に近づいていると解釈できる。私はこの浮き上がる levitate この部分を聴くと、いつも麻原彰晃の空中浮遊を思い出してしまい非常にイメージが悪いです。

　どうでしたか？DAMNを額面通り受け取ってもケンドリックの言いたいことは分からない。なるほど一理ある面白いな。と思ってくれたならこんなに嬉しいことはありません。あくまで１つの解釈なのですが、十分な根拠を提示できていると自負しています。最後に２つ、ケンドリックのインタビューを引用し、締めたいと思います。

「DAMNを一言で表すなら修行（self-discipline）である」
　自分の中の邪悪にフォーカスし、そこから浮き上がるために、弱さを選ぶことはどういうことか考える修行、それがDAMNなのではないでしょうか。

「このアルバムは莫大な時間をアイデアを練るのに費やした、そのアイデアを削りに削って短くまとめてある。リスナーが一度聴いただけで、その膨大なアイデアを全て理解できるわけがない。何度繰り返し聴いても、新たな発見があるように作ってある。」
　知られていない黄金がまだまだDAMNには眠っているはずです。見つけた方はぜひご一報ください。お待ちしています。

引用元