『空港の門衛たち』

割引あり

異国のガールフレンドに会うために久々に空港に行った。チェックインカウンターのババアたちとはこれまで幾度となく戦いを繰り広げてきたがオレももうトラブルを歓迎するような若かりし頃の気力はなくババアたちとああでもないこうでもないと悶着を起こすようなことはしたくなかった。

特徴的な制服に身を包んだババアたちのいるチェックインカウンターを素通りしトイレの個室に入りクリーニングに出したばかりに白シャツを身に着け手洗い場の鏡で顔を入念にチェックし剃り残しのある髭を丁寧に剃り落とし数秒にしてオンナを虜にするという噂の香水を仄かに匂う程度にまといどこからどう見てもボンボンのバカ息子にしか見えない出で立ちでチェックインカウンターに向かった。

チェックインカウンターには自国へ帰るアジア人たちが大量の家電製品をカートに載せ列に並んでいた。列に並ぶ若者たちはスポーツメーカーのキャップにTシャツ、スウェットパンツにスニーカー、オッサンたちはヨレヨレのセンスのないポロシャツに着古したジーンズにサンダル。圧倒的にオレの勝ちだった。カウンターでは荷物の重量を巡りババアとアジア人がトラブっている。これまでに何度も見てきた光景だ。オレは絶対にそうはならない。もう以前とは違い旅の汚れを勲章にしたバックパックではなくブランド品のスーツケースがオレの相棒だ。

ついにオレの番がやってきた。オレの対戦相手は感じのいい笑みを浮かべたいかにも旅行好きの元女子だった。オレも軽い笑みを浮かべ新入りババアにパスポートを渡す。不安な表情は一切見せず自然体でコンピューターにオレの情報を打ち込む新入りババアを待つ。コンピューターに記入を終えたババアの顔が一瞬険しくなったがすぐにビジネスライクな笑みを浮かべ悪魔な一言を放った。
「お戻りの航空券をお持ちでしょうか?」微笑みの仮面にはうっすらとしたヒビが見える。
「いえ、ありません」それが問題かという顔で首を横にふる。

新入りババアは剥がれ始めた笑みの仮面を脱ぎ捨てビジネスライクな悲しみの仮面で長々と片道のチケットではウンタラカンタラと説明を続ける。オレは新入りババアの話しを折ってやりたくなったがこちらも偽物の仮面を被り丁寧にうなずきながら話しを聞いた。説明を終えた新入りババアは補修したばかりの笑みの仮面を再び身につけ防御の態勢をとる。オレは船やらバスやらを使ってよその国へ行くからと攻勢に出るもじゃあそのチケットを見せろとオレにカウンターを打ち込む。オレの貧弱なジャブでは新入りババアのガードは崩せない。もうオレにも嫌気がさした新入りババアはトドメを刺しにきた。新入りババアはオレに背中を向けカウンターの奥にいたベテランババアに合図を送った。

ベテランババアはニセモノの仮面を被る必要すらないらしい。感情のない顔でマニュアルを読み上げさっさとオレをカウンターから追い払いチケットが欲しければ出国チケットを用意しろと冷たい目で睨みつけた。コンビニ弁当の残骸が置かれたベンチに腰かけた。完璧な装いのオレはリングのマットへ叩きつけられだらしのない装いのアジア人たちは搭乗ゲートへ向けて歩を進める。ベンチの傍にはカウンターで荷物の重量で揉めていたアジア人がいた。彼はオレに目配せを送りオレも彼に目配せを送った。”お前もか?俺もだよ”そんな無言のやり取りを交わす。彼は敗者の顔を浮かべていた。オレの仮面はとうに剥げ落ち彼と同じように敗者の顔を浮かべているのかもしれない。

だが異国ではガールフレンドがオレを待っていた。強烈なパンチをもらったからといってリングに倒れたままではいかなかった。なんとかして8カウントで立ち上がった。出国チケットを手に入れコンビニ弁当の残骸をゴミ箱に放り込みもう一度チェックインカウンターの列に並んだ。

ここから先は

722字

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?