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「すべては自分次第」―藤井風さんの歌に寄せて

※LOVE ALL SERVE ALL Stadium Liveのネタバレを少し含んでいます。

言葉にならないことを言葉にするのは、とても苦しい。でもやっぱり少しでも書いておきたくて、ツアーの感想を書こうと思っていたのに、全然違う話になってしまった笑

少し気づいたことがあったのだ。藤井風さんの音楽に、こんなにもお世話になっている理由。
そして、説明のできない素晴らしさ。大好きというだけでは足りない。


「ロンリーラプソディ」という歌がある。

イントロの悲しげなメロディーに心を掴まれて、夕闇の世界へと一気に引きずり込まれる。風さんの楽曲にはめずらしく、浮かんだ悲しみが晴れないまま歌が終わる。煌めく春の宝物みたいな2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』の中でも、とくに感情を揺さぶられる大好きな歌なのだけれど、彼はそれを、ライブで癒しの曲に変えてしまう。

12月〜2月にかけて行われた真冬のアリーナツアーでもそうだったが、昨年秋に、大阪で行われた初の有観客スタジアムライブ(3/10よりNetflixで全世界配信されている)での衝撃は忘れられない。この歌の直前にとんでもないピアノソロが入っていたのだ。メロディーは全然覚えていないけれど、’celestial’という単語が浮かんでくる。
celestial: 天国の、天界のような、この世のものと思えない。

あのピアノを生で聴いたとき、私は星空が天から丸ごと落ちてきたかと思った。本気でそう思った。意識が宙に浮いて、二度と帰りたくないと嘆く。どうか終わらないで、まだ終わらないで……祈るような気持ちで聴いていた説明不能な音の流れが、あのイントロに繋がった瞬間、あの驚きと多幸感は、どんな言葉でも言い尽くせない。

風さんはピアノを奏でつつ、観客に呼吸を促す。
きれいなもんだけ吸って〜
いらないもん全部吐き出して〜
Breathe in positivity,
breathe out negativity.
暗くて優しくて、夜の森で火を囲んでいるみたいに落ち着く。またしても、この時間が永遠に続けばいいのにと思う。優しいピアノに寄り添われたロンリーラプソディの呼吸は、ライブのお土産みたいなものだと思っていた。
嫌なことがあったときに、これを思い出してやると、かならず力が湧くのだ。

それって、何故なのか?

分かるようで分からない問いだった。風さんのライブには心の浄化作用があるとよく言われていて、それは間違いなくそうで、その真髄がここにあるような気はしていたけれど、上手く説明できない。
でも、その秘密に気づかせてくれたのも、彼本人の言葉だった。

先日、『LOVE ALL SERVE ALL』がCDショップ大賞2023〈赤〉(最高賞)を受賞した風さんは、作品に込められている「自分を愛する」という考え方はどうしたら実践出来るか? という質問に対して、「すべては自分次第っていうことを知ることなんじゃないか」と答えていた。
「自分の思い、言葉、行動とかで、自分が見る、自分が感じる世界って決まってくると思っている」と。まったく深刻な調子ではない、カジュアルな受け答えだ。

(第13回CDショップ大賞2023 受賞作品発表&表彰 アーカイブ配信より 1:04:00〜
https://youtu.be/zxMdd_2gbRk)


最初はぼんやりとしていた。自分を愛するかどうかは自分次第、という程度にしか聞いていなかった。でも時間が経って、よくよく考えてみたら、これは凄い言葉だった。

彼は「自分を愛するかどうかは自分次第」と言ったのではない。
「自分を愛するを実践するためには、すべては自分次第と知ること」と言ったのだ。

その意味を考えて、はじめて理解が追いついた。ライブでいつも促されてきた、きれいなもんを吸って、いらないもんを吐き出す呼吸というのは、自分の感じる世界を、自分の意志で捉え直して変えていくための、自分が持つ力をみんなが自覚するための、小さな実践だったのだ。
無理はしなくていい、できることから始めたらいい、一緒に頑張ろうというように。

「すべては自分次第」という言葉は、いったん意識してみると、まるで魔法のように効きはじめた。良くないと分かっている方向に行ってしまう、ダメだと知っているのにやってしまう、自分を傷付けてしまう。それを食い止めてあげられる人は、自分しかいない。
そこを自覚するだけで、小さな行動が変わり、自分のあり方が変わって、世界の感じ方が変わる。そんなことを積み重ねていくうちに、自分を愛せるようになる。
自分が「愛せる存在」に変わっていく。

そう、風さんはアーティストとしてデビューした瞬間から同じことを歌っていた。デビュー曲「何なんw」。自分の中にいる神様のような存在(ハイヤーセルフ)が、人生において正しい道に進むよう、自分に説教したり、嘆願したりしているこの歌(YouTube動画 Kaze talks about “Nan-nan”より)。

ハイヤーセルフだって、その存在を知るのだって、言うことを聞かせるのだって、れっきとした自分ではないか。

「自分次第で別世界」は「へでもねーよ」の一節。
「何もかもすでに持っている」は「まつり」のメッセージ。
「傷付けないから、裏切らないから」とは、美しくてequivocalな「やば。」の歌詞。
「真実はいつもこの胸の中」とは、ハイヤーセルフと自分が一つになる「grace」。

彼は何度もくり返し、同じことを伝えてくれていた。「すべては自分次第」だと。
きっとそれが本当の意味での、自分を愛して大切にするということなのだ。

依存を求めず、みんなの幸せを心から願い、自立を促す風さんの歌。
それがあんなにも音楽的に高度で、プロフェッショナル(本人)によって計算し尽くされた中毒性のある歌ばかり、そしてあの声と飛び抜けた表現力なのだから、聴いていて心がザワザワすることも多い。
何もせずに延々と聴いていたい、でも、それでは幸せになれない、そういうわけにはいかないんだと。

その矛盾と二面性のようなものに、私はずっと心を捉われている。
そしてライブに行ける時には、自分が真っさらになるまで頑張ろうと思える。

「すべては自分次第」を、誰よりも厳しく自分に課しているのは、きっと風さん自身なのだ。
誰のせいにもせず、すべてに感謝し、すべてを愛そうと努力しながら、新しい扉を次々と叩き割っていくエンターテイナー。
ライブでの彼の姿を世界中の人に観てほしい。
数え切れないギフトを持って生まれた自分を、少しも奢らず、そのギフトを自分のものとも思わず、無限の努力で築き上げたピアノと歌とパフォーマンスで、華やかな舞台の中心に堂々と立って、すさまじい引力を発して、広い会場を隅々まで制圧しながら、
見せつけようだなんて、自分が最初に与えているだなんて思いもせずに、彼がどんなに感謝して、どんなに優しい目でみんなを見つめているかを。

風さんが贈ってくれる、”Thank you for being yourself” という言葉。これに感謝するには、いったいどうしたらいいのかと思う。

すべては自分次第だ。それを胸に刻んで、
そしてこの世界のどこかで、自分次第では生きられない、生きられなかった人たちのことを思う。
きっとそうなのだろうと思っている。

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