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ファンデータを理解し コアファンを増やす / 対談 with 梶望 #3

THECOO 株式会社代表の 平良 真人( @TylerMasato ) の対談シリーズ。今回のお相手も前回に引き続き、宇多田ヒカルさんなど数々のアーティスト宣伝プロデュースを担当されてきた、梶望さん。

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梶 望(かじ・のぞむ)
ソニー・ミュージックレーベルズ 第3レーベルグループ エピックレコードジャパン オフィスRIA制作部 部長  兼 ソニー・ミュージックエンタテインメント SDグループオーディション部 プロデューサー 兼 事業戦略グループ事業戦略チーム チーフマネージャー。
1995年(現)日本コロムビア入社。1996年(当時)東芝EMI入社(その後、EMI MUSIC JAPANへ社名変更。ユニバーサル ミュージック合同会社に吸収合併)。宇多田ヒカル、AI、今井美樹、MIYAVI、GLIM SPANKYなどの宣伝プロデュースを担当。2017年、宇多田ヒカルのレーベル移籍に伴い、ソニー・ミュージックレーベルズに入社。

過去2回の対談で、サブスクリプションが広がる音楽マーケットでヒットを作り続ける為に必要な考え方と、その為の KPI をどう作り達成していくべきかについてお話を伺って来ました。(# 1 / # 2
今回は、コアファンを作る為に必要な事と梶さんが考える今後の音楽業界の展開を伺います。

データからファンを理解する

平良真人( 以下、平良 ):
今、コアファンを作ることを目的とするならば、アーティストのコアファンを増やそうとなった時に、一番大事にしていること、まずこれを考えなくてはいけないって事があれば教えていただけますか?

梶望氏( 以下、梶氏):
それは、リスナーを知ることですね。例えば、宇多田ヒカル って全世代に対して万全なのかって言ったらそうじゃない訳ですよ。5 年間休んでいたりして…. 5 年間って中 1 の子供が高 2 になるくらいのスパンなので、我々の 42 歳から 47 歳ってあまり変わらないですけど、10 代の 5 年間ってめちゃくちゃでかくて、音楽的好奇心が強い 10 代リスナーが抜け落ちちゃうのは、音楽ビジネスにおいては結構なウィークポイントになりうるところなんですよね。そういう状況も踏まえた上で、好きになってくれるポテンシャルがあるお客さんはどこにいるのか、そのお客さんのペルソナであったりとか、魚の集まっている場所をちゃんと知ることが大事で、それはマーケティング調査をするのが一番良いと思っています。

昔自分が所属していた EMI MUSIC はすごく面白くて、ペルソナマーケティングを積極的にやっていたんですよね。ユーザーをデモグラフィックだけで切らないで、音楽に対する接触態度で定性的に分析してグループ化して、その人達に同じ曲を聞かせてどの曲にどう反応があるかを見る、みたいな事を独自のアルゴリズムを作ってやっていたんですよ。AI の時は「『遊び一過型』というグループは反応が出るぞ!」みたいな事になったりしていて。『 遊び一過型 』というグループは、音楽をファッションの 1 つとしか捉えない傾向にあるグループなのですが、アーティストの作品に対するファンの接触態度が具体的に見える訳ですよね。そこに 100 万人くらいのセールスポテンシャルがあるとか明確な数字も含めて出てくるんですよ。

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ファンに徹底的に向き合う

梶氏:
宇多田ヒカル の時も同じように、ファンになるポテンシャルがある 10 代はどういう子達なのかをオリコンに調べてもらったんです。結論から言うと、復帰後の当時は 10 代のファンは少なかった。5 年間休んでいたんですから当然ですよね。でもお父さんやお母さんが好きだとかで認知はあった。じゃあファンが 0 なのかと言ったら、クラスに1 人くらいは居ますと。その 1 人はどんな人なのかを徹底的に掘り下げるんですよね。
そうすると、我々昭和世代だと BOOWY とか レベッカ とか おニャン子クラブ とかの話題をクラスみんなでしている時に、1 人だけ “ ベストヒットUSA ” とかを見ていて、洋楽めっちゃ詳しくて、ビートルズ とか ストーンズ とか聞いて、「 俺はお前らと違うんだけど 」みたいな音楽偏差値の高いちょっと違う洋楽好きの個性ある子が居たんですよ。それは親の影響だったりもしたのかなと思っていて、このクラスの中に 1 人いる 宇多田ヒカル が好きな子っていうのは、まさに当時のそういうタイプの子で、「 お前らはアイドルとか聴いているけど俺ちょっと違うから 」「 俺 宇多田ヒカル 聴いてるから 」みたいな。そういうちょっと意識高い系の子が、宇多田ヒカル のことを好きでいてくれているのかなと想像する。

そんな風にファンペルソナをデータから導き出せたら、その子たちの承認欲求をどう満たしてあげるかを考えて、ソーシャル施策なども含めて徹底的にやるわけです。10 代でデジタルが強いのであれば、デジタルでもオフラインでもちょっと意識高いところに広告を出してみたり。アイドルビジネスなどと正面から戦うのではなくて、マイノリティかもしれないけど意識の高い子が、自分がまわりに承認されていくことによってすごくカタルシスを得られるような、そういう施策を作っていく事によって、そこにコア化が生まれるんですよね。そして今度は拡散をしてくれて、そこに仲間が生まれる。さっきの裸の男の映像じゃないですけど、そこでどんどん人の輪が増えていくという事ですよね。そこを上手く演出することが必要なので、とにかく大事なことは、本当に好きになってくれているファンに対しての戦略の絵が描けているかっていう事なんですよね。

自分達が届けるコンテンツを理解しているからこそ 10 代の子に対する向き合い方と、20 代 30 代のファンへの向き合い方は全然違ってくることも分かる。もちろん共通言語はあると思うんですけど、10 代の子の学校のクラスの中での会話の立ち位置と、30 代以上の会社員の方の会社の中での会話の立ち位置は、全然違う位置になってくるわけで。30  代 40 代の会社員の人は、宇多田ヒカル のことをみんなで共通言語で話すことが出来るけれども、10 代だと 30 代と同じように会話は出来ない。だけど、自分のアイデンティティに近い子達がソーシャル上で会話してくれている。やっぱり好きになってくれている子がどこにいるかを知るのはすごく大事だなって思いますね。
昔は絨毯を爆撃すれば下手な鉄砲でも当てられるみたいな話でしたけど、今はコアを攻略するにはもうクレー射撃ばりに(笑)明確に的がどこにあるかを見ていかないと、そこを正しく理解することは無理だと思いますよね。

平良:入口と出口の出口をきちんと掴むと。

梶氏:
そうなんですよ。掴んでしまえば、そのグループをいかに喜ばせるかによって長くビジネスが出来るので。例えば、EMI 時代に THE ALFEE という 3 人組も担当させてもらっていたんですけど、彼らは還暦過ぎても毎年必ず春秋にツアーをやっていて、リリースしたらオリコンには必ずシングルランキングベスト 10 以内に入るという記録を更新し続けている訳です。そんな風にコアファンビジネスを昔から体現してきた方達なんですよね。
ファンは” アル中 ”なんて呼ばれていましたけども、今でもメンバーはその” アル中 ”を ちゃんと喜ばせるための施策を丁寧にしている。ファンのことを正しく理解しているからこそ、その人達に向けた施策を正しく打っているんですよね。だからファンとのコミュニケーションアプリとかもすごく便利だと思うんですけど、闇雲に課金とか投げ銭とかファンのことをあまり考えずにやりすぎちゃうとどんどん消耗していってしまうというリスクがあると思うんです。

平良:仰る通りです。

梶氏:
本当にファンが何に喜んで何の価値に対してお金を出してくれて、そこに何のカタルシスを得るのかっていう事をちゃんと分かっていれば、実は長く続けられるスキームに入るチャンスっていっぱいあるはずなんですよね。そこがすごく大事なような気がしています。

平良:
手前味噌ですけど、僕らのサービスって機能的にはあまり新しくないんですよ。見たことあるような機能なんですけど、実はとても大事にしている機能としてカスタマーサクセスというチームがありまして、要は使ってもらってなんぼだと思っているんですよね。さっきのずっと聞いてもらってなんぼと近い感覚だと思うんですけど。なので、コミュニティオーナーに、どういう人に届けたいかを聞いた上で機能を提案をしていて、実は課金の仕方とか機能性は手段でしかなくて、どういうコミュニティにしてどう盛り上げたいかっていう事をすごく大事にしていますね。

梶氏:
だから K-POP は凄いですよね。一部のコアファンに対するマインドセットが「 あの子達がステージに立っていられるのは私達が支えているから 」みたいな(笑)。タニマチカタルシスをすごく満たしている訳です。でもそのための施策っていうのは、ハグしたり握手したりハイタッチしたりとかして汗かいてちゃんと返している。一生懸命頑張っている姿を見せることをちゃんとやっていて、ファンのことをよく理解しているなって。応援したくなりますもん。僕には真似は出来ないですけど、見ていて凄いなって思いますね。

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時代が変わる今だからこそ、ビジネスチャンスがある

平良:
今回は音楽の話、マーケティングの話ですけど、根本のところはどんな精神だろうがサービスだろうが、特にこれだけコモディティがあふれている中で、どうサービス化していくかを考えた時に、原則原理となり得る考え方なのかなと感じました。

梶氏:
昔はね、コモディティ化するために上から絨毯爆撃していたんですけど、今はそれでは絶対に振り向いてくれない。いかに自然に愛されるかが大事かなと。ただ、そういうビジネスもあれば、ただただ消費していくビジネスもあるので、どっちが良いとも言えないんですけどね。我々もどちらもやっているので。両方あってバランスが良いのかなとは思いますけどね。

平良:
梶さん的には、ずっとコモディティじゃないものをやっていきたいって思いはあるんですか?こだわりはないですか?

梶氏:
メジャーでやるのなら、ヒットを出したいっていう気持ちはすごくあるんですけど、音楽ビジネスってこれからどんどん変わっていくので、音楽じゃなくても良いと思ってはいます。僕は実は今 4 つの業務を兼務していて、レーベルの他にオーディションと新規事業とIP創発も携わっているんですね。このソニーミュージックグループという会社の懐の深さというか、幅の広さというか、せっかくこの会社に来たんだったらその良さを存分に楽しみたいなと思いながらいろんな事をやっているんです。なので音楽じゃないところでもヒットを作ってみたいなぁと。

平良:具体的にどんなことをされているんですか?

梶氏:
いろいろやっていますね。「 ゆるスポーツ協会 」をやっている澤田さんと一緒に「 ゆるミュージック協会 」というものを作っていて。「 ゆるスポーツ協会 」というのは、ハンディキャップがある人も、健常者の人も、スポーツが苦手な人も含めて皆で楽しめるスポーツを開発しようという団体なんですね。
例えば、ハンドボールを手にハンドソープを塗ってやるスポーツとか。本当に単純なんですけど、みんなが出来るスポーツを追求していく。今オリンピックやパラリンピックが話題になっているが故にすごい注目を集めていて。
それを音楽にしたらどうなるんだろうっていう形で、「 ゆるミュージック協会 」では誰もが演奏できる楽器みたいなものを作っていたりします。なんでこれをやっているかというと、楽器が出来る人は人口の 5 %くらいしか居ないけど、やりたいと思っている人は 7 割くらい居ると言われていて、ということはめっちゃマーケットがあるじゃんと。
音楽を演奏すると脳に良い効能があるという研究結果も沢山ある。おじいちゃんから子供までみんなで弾ける楽器が出来たらなって。福祉も出来るし教育も出来るし、楽器事業も出来るし、地方自治体の事業も出来る。すごいポテンシャルがあるなと思っていて、すでにいろんなパートナーと組み始めています。製品化の話やプログラミング教室に踏み込もうとか、アイデアソンを作って楽器を創作しようとか。今年行われる各種イベントにも出たりといろんなことをやろうとしていて。音楽ビジネスはなくならないけど、淘汰と再生を繰り返していると思うんですよね。そういう中でどういう音楽ビジネスを作っていけるか、音楽体験を作っていけるかが、これからすごく面白いところなのかなって思っています。

ラジオ番組である新人の子が言っていた話が、本当にその通りだなと思ったことがあって。今のCDを中心としたビジネスが終わると言われて戦々恐々としている大人たちを見て、彼はなんでみんなこんなに恐れているのか僕はよく分からないと。音楽ビジネスはたった数百年の歴史しかなくて、人類の歴史の中ではほんの一部でしかない。その中で楽譜が生まれ、レコードが生まれ、テープ、CD、MDというようにフォーマットやビジネスは次々に変わってきているのに、1 つのフォーマットが無くなりそうになっているだけでこんなに足元がぐらついちゃうのは、僕らアーティストにとってはあまり理解できない。そんなことを言っていて、長年ずっと同じ場所にいたからこそ植え付けられてしまった既成概念みたいなものが自分の中にもあるなと。囚われてしまっているが故に思考が停止してしまっているなって気づかされたんですよね。

平良:
確かに、音楽を作って演奏して聞くって行為は何百年も続いているわけですもんね。

梶氏:
そうなんですよ。形態はかわろうと音楽ビジネスはなくならない。良い音楽っていうのは聞いた人が良いと思ったら良い音楽なので、本来はそこに良い悪いはないんですよね。そういうことも含めて可能性はまだいっぱいあるなと思って。逆に言うと、パラダイムシフトが起きているなか、みんながこんなに戦々恐々しているのは、逆にチャンスだなと。ここで新しい事を始めて成功できたら天下取れるぞと(笑)。

平良:なるほど。

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梶氏:
あともう 1 つはサブスク化が進み、サブスクだけで原盤ビジネスを支えようとすると、国内のリスナーだけじゃ現在のマーケットサイズを維持するのは難しくなって来るんですよね。そうすると、リスナーの分母を増やすしかなくて、ってことは国外の人達も必要なんですよね。リスナーの分母を増やさないと未来がない。マーケットがどんどんシュリンクすることになっちゃうんですよね。こういうことってシュリンクしてからみんな気付くと思うんですけど、シュリンクする前に僕らは努力をしないといけないなって、今はすごくアジアの音楽マーケットを勉強しています。

平良:
台湾とか香港であれば住んでたこともあるので、テクノロジー側の事とかわかることもあるかもですので、なにかあれば!

梶氏:ありがとうございます。台湾は親日だったり距離も近いからやりやすいかなと思っているんですが、韓国だと言葉の問題もあって原盤ビジネスにはなかなか入れない。

平良:ローカルのプレイヤーが多いですからね。プラットフォーム側も。

梶氏:
昔はアジアも海賊盤が横行していてなかなか大きなビジネスにならなかったんですけど、今こうしてサブスクビジネスが浸透した事によって、権利が守られるようになり、ローカルアーティストが育つようになったんですよね。そうすると、ますます日本のアーティストが入る隙がなくなってきていて、楽曲ヒットが作りづらいですね。楽曲ヒットを作らないと、やっぱりマーケットは作れないと思っているので、そこをちょっと我々は頑張らないとなとは思っています。
今台湾の人とかと話していると、ちょっとK-POPブームも落ち着いてきたかなという感じもしているのと、中国には今K-POPが政治的な理由で全然入れていないので、J-POPのチャンスかもなと思ったり。逆にC-POPをインバウンドするのも、もしかしてチャンスかもしれないし、やれることはまだまだいっぱいあるなって思っています。

平良:今後の展開をさらに楽しみにしています。


編集・構成 / 赤塚えり


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