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読まれなかったリンカーンの手紙

FROM 安永周平

今から遡ること150年以上も前、アメリカの歴史で唯一の内戦である「南北戦争」が起こりました。この戦争の中で、北軍のリンカーン大統領が有名な「奴隷解放宣言」を行ったのはあなたもご存知でしょう。リンカーン大統領といえば、その最期を見守ったスタントン陸軍長官が「この人ほど完全に人間の心を支配できた人はいない」というほど人の心を掴むことに長けていました。1つ、象徴的なエピソードがあるので紹介しますね。

勝利を収めるチャンスのはずが…


1863年の7月、ゲティスバーグで南北両軍の激戦が繰り広げられました。戦いが始まってから4日目の夜、北軍のリーダーであるリンカーンは、南軍が豪雨によって後退を始めたものの、ポトマック河が氾濫して立ち往生していることを知りました。背後には勢いづいた北軍が迫り、南軍は窮地に陥っています。

リンカーンは、南軍を壊滅させ戦争を終らせるチャンスだと思いました。そして、北軍の指揮を執るミード将軍に「作戦会議は抜きにして時を移さず追撃せよ」と命令しました。この命令は、まず電報でミード将軍に伝えられ、次に特使が派遣されて、ただちに攻撃を開始するように要請されました。

ところが、ミード将軍はリンカーンの命令と全く逆のことをしてしまいました。作戦会議を開いて、いたずらに時を過ごし、いろいろと言い訳をして攻撃を拒否したのです。そのうち、河の氾濫はおさまり、リー将軍率いる南軍は向こう岸に退却してしまいました。

激怒したリンカーンの手紙


リンカーンは怒りました。「いったい、これはどういうことだ!」と、彼は息子のロバートをつかまえて叫びました。「くそっ!なんということだ!敵は袋のネズミだったじゃないか。こちらはちょっと手を伸ばすだけでよかったのに、私が何と言おうとも、味方の軍隊は指一本動かそうとはしなかったのだ。ああいう場合なら、どんな将軍でも敵を打ち破ることができただろう。私でもやれたくらいだ」と。

ひどく落胆したリンカーンは、ミード将軍に向けて1通の手紙を書きました。当時のリンカーンは、既に言葉遣いが柔らかくなっていたのですが、1863年に書かれたこの手紙は、彼がどれほど腹を立てて書いたかが想像できると思います。

拝啓

わたしは、敵将リーの脱出によってもたらされる不幸な事態の重要性を、貴下が正しく認識されているとは思えません。敵はまさにわが掌中にあったのです。追撃さえすれば、このところわが軍のおさめた戦果とあいまって、戦争は終結にみちびかれたに相違ありません。しかるに、この好機を逸した現在では、戦争終結の見込みはまったく立たなくなってしまいました。貴下にとっては、去る月曜日にリー将軍を攻撃するのがもっとも安全だったのです。それをしも、やれなかったとすれば、彼が対岸に渡ってしまった今となって、彼を攻撃することは、絶対に不可能でしょう。あの日の兵力の3分の2しか、今では、使えないのです。今後、貴下の活躍に期待することは無理なように思われます。事実、わたしは期待していません。貴下は千載一遇の好機をのがしたのです。そのために、わたしもまたはかりしれない苦しみを味わっています。

ミード将軍はどうなったか?


さて、ミード将軍はこの手紙を読んで、どう思ったでしょうか?結論から先に言うと、ミード将軍はこの手紙を読みませんでした。その理由は、リンカーンが投函しなかったからです。この手紙は、リンカーンの死後に、彼の書類の中から発見されました。

デール・カーネギー氏は、名著『人を動かす』の中で、このエピソードにおける当時のリンカーンの心情を考察しています。つまり、リンカーンはこの手紙を書き上げた後、しばらく窓から外を眺めてこんなことを思ったのではないかと。

リンカーンの当時の心情


「待てよ、これは、あまり急がないほうがいいかもしれない。こうして、静かなホワイト・ハウスの裏に座ったまま、ミード将軍に攻撃命令をくだすことは、いともたやすいが、もしもわたしがゲティスバーグの戦線にいて、この1週間ミード将軍が見ただけの流血を目の当たりにしていたとしたら、そして、戦傷者の悲鳴、断末魔のうめき声に耳をつんざかれていたとしたら――たぶん、わたしも、攻撃を続行する気がしなくなったことだろう。もしわたしが、ミードのように生まれつき気が小さかったとしたら、おそらく、わたしも、彼と同じことをやったにちがいない。」

「それに、もう万事手遅れだ。なるほど、この手紙を出せば、わたしの気持ちはおさまるかもしれない。だがミードは、どうするだろうか? 自分を正当化して、逆にこちらを恨むだろう。そして、私に対する反感から、今後は司令官としても役立たなくなり、結局は、軍を去らねばなくなるだろう。」

相手を問い詰める必要はあるか?


そこで、リンカーンは前述のとおり、この手紙をしまい込んだのに違いない…と、カーネギー氏は考察しています。そう、リンカーンは過去の苦い経験から、手厳しい非難や詰問が、大抵の場合、何の役にも立たないことを知っていたのでしょう。こうした判断から、僕らも見習うことはないでしょうか?

部下がミスをした時、幹部が問題を起こした時…トップである社長が怒鳴り散らして責任を追求する…といったのはよく耳にする話かもしれません。しかし、優れたリーダーであれば、そうした言動をすることで、相手がどのような気持ちになるかを考えるはずです。怒鳴り散らされたことによって、相手がどんな気分になるのかを。

会社の運命が分かれる判断


そこまで考えた時、感情の赴くままに怒鳴り散らすことが、どんな結果をもたらすかは冷静に考える必要があるのではないでしょうか。組織のトップである社長はもちろん、部下を持つ幹部・管理職にとっても同じです。その判断、意思決定が会社や組織の将来を大きく左右することだってあります。

社員が進んで仕事をする会社になるのか、いつまで経ってもくだらないことで怒鳴らなければならないのか。これは「できるかどうか」というよりも、「どちらを選択するか」という問題であるように思います。立場が上がれば上がるほど、自分の行動を後悔しないようにしたいものですね。

PS
「うちは使えない社員ばかり」と嘆く社長はぜひご一読を。

2年前は同じ境遇だった2人の社長の話

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