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チャンス・ザ・ラッパー「The Big Day」 筋の通った成長は大いに評価。でも、そろそろ「高まる期待」ゆえの反動も

どうも。

だいぶ書きたいことが出てきているのですが、今日はこちらのアルバムのレヴューというか、感想を語りましょう。

チャンス・ザ・ラッパーの新作「Big Day」についてですね。

もう今や「ケンドリック・ラマー、チャイルディッシュ・ガンビーノ、チャンス・ザ・ラッパー」の3人で、「インディ・ロックのファンも熱狂するラッパー」になってる感がありますね。タイラー・ザ・クリエイター足して四天王かもしれないな。

彼らに、これまでのラッパーのイメージにつきがちだったサグ(thug)感が薄いのと、ヒップホップ以外の音楽性に広がるところが見えやすいから、インディ・ロック・ファンが親しみ持って聴きやすい、というところはあるのかな、という気はします。僕は90sのヒップホップもリアルタイム体験してるので、それと比べると若干スマートすぎるかな、という印象もないではないんですが、それでも彼らがそれぞれのシーンから台頭してきたおかげでヒップホップそのものがかなりポジティヴかつクリエイティヴなものとして蘇生したことは大いに評価しているつもりです。

その中でチャンス・ザ・ラッパーは、フェス出演でのホーン隊を従えてのライブがすごく当たったこともあって、すごく期待値大きくなってたとこ、ありますね。とりわけ、ロック側の人たちから、大きな反応、耳にしてた気がします。

僕はですね、チャンスといえば、出世作になった「Acid Rap」が好きで、あれがサブスク流通しない、かつ、僕もまだサブスクやってなかったこともあって、youtubeでちょくちょく聞いてましたね。それで2016年、ちょうどアイフォン買ってサブスク始めた時に、その次の「Coloring Book」が出たものでした。ただ、正直、「Coloring Book」はワーッと好きになった割に、熱狂が個人的に長続きしないアルバムでもありました。曲はいいんだけど、コラボ・メンツのテイストが個人的にあんまりピンと来なくてですね。今にしてみたらトラップ人脈にだいぶ寄りすぎてたというか、後、ジャスティン・ビーバーも特に共演は希望しないし、それだったら、その前のように、ジャミラ・ウッズ、NoName、サバみたいな、地元のセンスいい人たちと組んでた方が良いよなあ、と思ってたんですね。

そのあとも、DJキャリドとかの共演とかあったじゃないですか。あのテが僕、正直、あんまりピンとこなくて、「いくら元のセンスが良くて、”レーベルなし”で成功したと言っても、この方向はなあ・・」と思っていたところはありましたね。

ただ、それもこれも、チャンスその人の「色んな人との交遊からいいものを生み出したい」「自分だけじゃなく、みんなと作りたい」みたいな、「愛の輪」が生み出す音楽性みたいなものの賜物だったりするのかな、とは、旧作聞いてもライブ見ても感じて来ましたからね。そうした「包括力」というのは彼の場合、前向きに評価するべきものなのだと思っています。

で、その観点でいくと、この「The Big Day」という、これが初めてのアルバム名義の作品なんですね。これの場合、

「コラボ路線」としては、素晴らしいものができたと思います!

これ、参加メンツ、すごいんですよ。

まず、R&B/ヒップホップのサイドからはニッキ・ミナージュ、グッチ・メインと言った昨今のメインストリーム・ラッパー、同郷シカゴを代表するR&Bシンガーのジョン・レジェンド。そして、チャンス元来のアーバンR&Bテイストをより反映するように、アン・ヴォーグやSWVと言った、90s前半の、ちょうどブラック・コンテンポラリーがR&Bと言われ始めて注目された時期のような、「メロディの宝庫」だった時代のR&Bアーティストが参加しています。

ただ、今回は、そこに加えて、「人種を超えたコラボレーション」が目立つんですよね。

この曲なんて、ソングライターにボニーヴェア(Bon Iver。今後、こう呼びます)のジャスティン・ヴァーノン、そしてフィーチャリング・シンガーにデス・キャブ・フォー・キューティーのベン・ギバードですよ!ベン独特の震える声が、何の前情報もなく聞こえてきた時、僕、思わず「おおっ!」ってなりましたからね。こういう、コアなインディ・ロック・ファンの心をくすぐるような芸当が出てくるところは、彼のロックフェス出演で得た音楽的な経験値の賜物でしょうね。

それだけでなく、別の曲ではココロジーが参加していますね。また、こうしたインディ・ロック方向なだけではなく、今や「次のエド・シーラン」になりつつあるショーン・メンデスには、「生演奏ハウス」みたいなことやらせてたり。これも、ハウスがシカゴ生まれの音楽であることを考えると納得なんですよね。そして、さらに別の曲では、70sのシンガーソングライターの大御所、ランディ・ニューマンですよ!もう、チャンスの世代であれば、「トイ・ストーリーの、トモダチの歌の人」かもしれませんが、あの歌でもおなじみのような、一度聞いたら忘れない野太い声がチャンスの歌で響いているわけです。

こうした曲の数々を聞くに感じたのは、チャンスの「優れた楽曲、美しいメロディ・ライン」に対しての臭覚ですね。これは抜群のものがあると思いました。彼の場合、ベースには常にゴスペルがあるのですが、そのテイストはそのままに、予てからのアーバンR&Bテイストを、よりシティ・ポップ的にも、インディ・ロック的にも拡大させるのに成功していると思います。

あと、今回、僕が驚いたのは、その指揮・統率能力ですね。今回のアルバム、人件費がおそろしくかかってるんですよ(笑)。だって、ソングライティング自体、1曲につき、5人から10人がかりの上に、各曲に全てゲストを迎えて、さらに演奏の人もいるわけですからね。これは彼の「みんなで良いアルバムを作ろう」という、従来の路線が極限まで進化したヴァージョンだと僕は思うし、その点では筋が通っていると思います。

こういうアルバムの作り方は、去年のトラヴィス・スコットのアルバムにも近いものがあるんですけど、関わった人の数から考えるとそれ以上かな。これって、僕が思うに、クインシー・ジョーンズとかアイザック・ヘイズの現代版なのかな、とも思いました。いずれも60〜70年代の、ジャズ、ソウルの楽隊を自ら指揮していた人たちで、クインシーの場合はそこにフィーチャリング・ヴォーカルも迎えていましたけど、このやり方をヒップホップに置き換えると、こういう作り方になるのかなあ、などとも漠然と考えました。

そう考えると、この人にしか作れないアルバムを作ったと思うし、その意味では大いに評価できます。「年間トップ10に入れたいくらい好きか?」と問われれば、10は微妙かなとは思うんですが、50には入ると思うし、8。9月がよほど名盤ラッシュでもない限り、恒例の3ヶ月おきのトップ10にも入ると思います。7月だと、これがベストかな、とも思ったので。

しかし!

このアルバム、音楽メディア全般のレヴューがあまり良くないんです!

もちろん、褒めてたり高得点つけたりしているものもあるんですけど、ピッチフォーク、NMEでは6点台と、これまでの彼のアルバム考えたらだいぶ低いなと思わざるをえない評価も出ています。

ただ、こうなった理由も同時に理解はできるアルバムでもあるんですよね、これ。今度はそのことについて語りましょう。

まず、

長すぎる(笑)!

今回のアルバム、77分もあるんですよね。曲数に至っては、曲前のスキットも含めるとはいえ、全22曲。これ、ちょっと作り方として、前時代的なんですよね。90年代後半までの、CDが世に出始めてから10年目以内のアルバムの作り方なんですよね。「収録時間ギリギリまで、詰め込むだけ詰め込む」というのは。ここのところは、僕も正直、良いとは思わなかったですね。しかも、サブスク時代に突入して、むしろアルバムの尺、短くなってるし、ヒップホップにせよ、去年のアール・スウェットシャツとかティエラ・ワックみたいな、ちょっと実験的すぎるくらいに短いアルバムまで出て話題になったくらいですからね。

あと

ちょっと「多幸感」がトゥー・マッチ!

これも否めないかなあ。

「ハッピーでポジティヴなヴァイヴ」はチャンスのウリだし、それがあってこそ成立もするものだと思います。今回なんて、自分の結婚パーティに触発されて出来たアルバムだからなおさらです。

ただ、この路線がちょっと慣れられてきたか、新鮮味が無くなってるのもまた事実なんですよね。日本の音楽リスナーの、ネットでよく見るチャンスの作品のレヴューなんか見てて、「”多幸感”って書きゃ、レヴュー成立するのかよ」と思ってもいたのですが(苦笑)、今回はもう、その言葉、どこでも溢れるんだろうなあと思ったし、そこにちょっと「予定調和」めいたものを感じて、「そろそろなんか、変化あってもよくない?」と思ってしまったことも事実です。

が!

ただ、一部レヴューにあった「ミックステープ・カルチャーの終焉だ」みたいなものに関しては、僕は「それはどうだろう」とは思いましたけどね。

確かに「Acid Rap」の時にあったような、「地元の人たちとの手作り感」は無くなっているとは思います。ただ、「いろんな人とみんなで作る」という方向性は前作からすでに出ていたし、その精神性に関しては「Acid Rap」でも変わらないと思うんですよね。ましてや、今は財力も、音楽的な成長も、両方備わったわけだから、今回の路線は僕は「しかるべきもの」と思っています。

だいたい、チャンスが「所属レーベルなしで成功した!」と騒がれすぎるところは、あまり関心ないんですよね。その騒ぎ見てると、「ビジネス雑誌読んでる中年サラリーマンじゃあるまいし」と、むしろ反感抱いたりさえします(苦笑)。やっぱり僕の場合、「まず作品ありき」の人なので、それがどういう形態で出ていようが、大メジャーであろうが、どインディであろうが、それは関係ないので。今もレーベルはナシですが、それでも成立するように別のところで補っているのは想像できるしね。だって、今回のアルバムの人件費だって、まかなえてるわけでしょ(笑)。だから今後、彼が方針変えて大メジャーでやろうが、僕にはそれは全く問題でもありません。「ミックステープの終焉」みたいなことを言いたがるタイプの人は、そこのところの夢をちょっと見すぎているような感じも、僕にはちょっとします。

あと、最近のチャイルディッシュ・ガンビーノもそうなんですけど、ちょっと、一挙手一投足が過剰に礼賛されすぎかな。ガンビーノ絡みの映画が、このところちょっとレヴューの内容、今ひとつ高くない&僕自身もそこまで褒めないのと同様、チャンスにも「そろそろ持ち上げられすぎたバックラッシュが来てるのかな」とは、今回のメディアのレヴューを目にして思いましたけどね。まあ、それだけ、求められているハードルが上がっている、ということなんだと思うんですけどね。




















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