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ネットフリックス「ブラジル 消えゆく民主主義」はどのようにみれば良いか(前) 語られている時代の流れの背後にあるもの

どうも。

今日は、先週からネットフリックスで配信されている、このドキュメンタリーについて語りましょう。

「ブラジル 消えゆく民主主義」、英語題で「The Edge Of Democracy」といいます。僕のブログをjugemの時代から読んでくださっている方には、去年の9月から10月にこの件で非常に悩んでいたのを知っていらっしゃる方もいると思います。さらに言えば、2013年頃から、このブログではブラジルの政情についてはよく書いています。僕はこっちでは政治とか社会とかのニュース翻訳の仕事も結構長いことやっていたりするので、このあたりのことはさすがに黙っていられなくなるのでね。あの、まさに今、日本に来ていた、あの妙な極右大統領の当選の件で相当気分が落ち込んで、「もう、しばらくはこの話、しない」と言っていたんですけど、こういうブラジル政界の内幕みたいな話が、こうやってポップに知れる機会もなかなかないじゃないですか。なので、語っておこうかと思いまして。

これはですね

この2人の元大統領、左派政党・労働者党、こっちではみんなこの党をこう呼ぶのであえてPTとしますが、右がPTの創設者にして、2000年代にブラジルを建国史上未曾有の好景気に導き、「BRICS諸国」などと世界にも注目させたルーラ氏、その隣が、2011年からルーラ氏の後を受け、ブラジル初の女性大統領になったジウマ氏。二人は支持率、高い時で70〜80%あったんですよ。僕はちょうどルーラの最後の年にサンパウロに来て、ジウマが初当選の選挙の時に初めてブラジルの政治に興味を持ったんですけど、すごかったですよ人気。「TIME」が選ぶ、「世界の影響力のある女性」でトップ5入ってましたからね。

ルーラはルーラで、その貧しい生い立ちから学校にも通えなかった境遇から、工場の労働組合長からなり上がって大統領になった成功物語が映画にまでなってますからね。さらにジウマは、日本でいう学園紛争の頃の核丸みたいな、ブラジルの軍事政権時代にゲリラとして戦って、政治犯として刑務所で拷問受けてる過去があったりしますからね。だから2人とも、とりわけ、貧困層、黒人、芸術家、学者にはすごく人気がありましたし、今もあります。

この映画は、そんな栄華を誇った2人が

2016年にまずジウマ氏が大統領を罷免され

2018年にはルーラ氏が、大統領復帰に意欲を見せ、世論調査でもダントツの人気だったにもかかわらず裁判で実刑判決を得て、現在も1年以上収監中です。

これらのことに関してPT支持者たちは激怒して

2016年にはカンヌ映画祭にブラジル代表として出展した「アクエリアス」という映画の監督、出演者がレッドカーペットでジウマ氏の罷免反対運動をやりました。

今現在も

「ルーラ氏を釈放せよ!」との運動が、もうあちらこちらで当たり前のようにやられています。

そんな状況を

このペトラ・コスタという女性ドキュメンタリー監督が、今回、こうして「消えゆく民主主義」を左派側からの立場で作ったわけですが、早くも

ニューヨーク・タイムスが「今年の1本」に選ぶほど、世界的にすごく好評です!

そして、僕自身としても

これは、すごくよくできていると思います!

なぜ、そう思えるのかについて語っていきたいと思います。


僕自身はですね、今振り返ると、実はジウマ氏の罷免まではPTには批判的な立場でいました。僕のブログを読んでいれば、僕の政治傾向が左向きなのはわかっていただけると思うんですけど、ただ、ワイフがPT支持者ではなかったし、ワイフのお父さんに関して言えば、筋金入りのアンチPTです。あと、サンパウロの、主に企業関係者でPT嫌いな人が潜在的に多かったんですよね。「左ではあるが、南米の左は北半球の先進国基準からすれば行き過ぎている」。そんな言い方をしている人もいましたからね。

ただ、それでも好景気なうちはまだ許せていたものの、ルーラからジウマに政権が変わってから経済の雲行きが危うくなり、「国民の生活が大変なのにサッカーの大会かよ!」と

2013年にはサッカーの自国開催のコンフェデレーション・カップの開催期間中、毎日展開されたデモが起こり

2014年には、与党の政治家とゼネコンが石油公社を食い物にして天文学的な贈収賄工作を行っていたことが、ブラジルで「ラヴァ・ジャット」、国際的には「カー・ウォッシュ」作戦と呼ばれている警察の捜査で判明。これでPTに汚職のイメージが決定的につき、景気もガタ落ち。

そんな時に

2014年に、ジウマ氏が、この頃までPTとほぼ「二大勢力」となっていた、PTの前の与党でこの前に3代大統領選で負けていた、企業家やお金持ちに人気の民主社会党(PSDB)のアエシオ氏という人に、ものすごい僅差で勝っちゃったんですね。この時に社会の怒りがすごくてですね、僕も当時は毎日ラヴァ・ジャットの汚職騒動のニュース訳してたので「なんでだ!」と怒ってたものでした。

そこからアエシオ氏が「選挙に不正があったはずだ」と言い張り、怒った国民の一部も、PTのカー・ウォッシュでの汚職が深まると「ジウマ、罷免だ!」ということで燃え上がるようになっていました。

この頃は、カー・ウォッシュで

「これまでで例のないくらい政治家をさばいた地方判事」こと担当判事のセルジオ・モロ氏。彼をテレビや雑誌がヒーローにしました。彼は

こんな風にネットでもヒーローとして扱われ、アメリカのTIMEだかニューズウィークの「世界で影響力のある100人」に選ばれてましたね。当時のメディアの描き方としては「モロ、野党=正義」で、「PT=悪」でしたからね。「モロと共にブラジルは生まれ変わるんだ!」みたいなことを言う人、たくさんいましたからね。

今から考えると、これこそがブラジルのつまずきだったんですけど、まんまと引っかかりましたね。

でも、若干ながら、ここまでの流れで違和感もあったんですよね。

一つは

この2013年のデモに、僕はすごく偽善的なものを感じてたんですよね。一つは、そのデモの一部に出くわした時、なんかお祭り騒ぎだったんですよね。本当に怒ってる人たちもいたのは確かでしょうけど、実はこのテの人も少なくなかった。加えて、デモの場に本当の貧乏人なんて誰もいなかった!サンパウロなんて、今より全然安い地下鉄のささいな値上げが起こっただけで大騒ぎだったんですけど、デモに参加してたの、あからさまに中流から上の人しかいなかったんですよ。あれは正直、違和感しかなかったですね。

同じ時期、トルコでも大規模なデモが起きてたでしょ?でも、今考えたらあれって、今も続くエルドアンっていう、あまりにも独裁制、圧政で有名な首相に対抗するためのものだったでしょ?別にPTなんて圧政も引いてなかったし、自分たちが与党のくせにカー・ウォッシュの捜査も妨害もさせずやらせてたくらいで。そこに、生活に実はそこまで困っていなかった人たちがフラストレーションぶつけてた。この違いは一体なんなんだと今にして思います。

あとはですね

「正義のヒーロー」ことモロ判事に、特定政党との結びつきの噂がずっと消えなかったことですね。それはアエシオ氏のPSDBなんですけど、実際、こんな風にイベントの席で寄り添って懇意に話す姿を目撃された時はかなり揶揄されたし、今も絶賛されてる最中ですね。

ただ、こういう違和感があっても、僕もハッキリとは気がつかなかったし、PT支持者も、「PTがズルいなんて言うけど、PSDBなんてもっと汚い!」とか、「軍事政権の時と同じだ。選挙で勝ったのにケチつけて左翼への嫌悪で奪おうとして」みたいなことを言う声もあったんですけど、それがなんなのかをうまく説明できたものがなかったんですよね。

それを

この映画がやっと、その「背後のからくり」を説明してくれています!

一つは、「実は長年支配する与党」、民主運動(PMDB、現在MDB)の存在です。この政党はブラジルで最長の歴史を誇る政党で、日本でいう自民党みたいな政党なんですが、なぜかいつの時代も議員の数はトップクラスに多いのにカリスマ的政治家がいないせいで大統領が出せない。でも、極度の多党政治なので、下院の第1党でも、定員が512人なのに100人超えることがまず起きないような国なので、とにかくMDBと組まないことには法案が作れない。ここはPSDBの政権でも与党についたし、PTもくっついちゃったんですよね。これでルーラの時にはうまくいったものの、ジウマの時に裏切られちゃったんですよね。

その理由は、この右のエドゥアルド・クーニャという、当時の下院議長とジウマが喧嘩しちゃったからなんですよね。PTでもかなり左だったジウマと、思想的には何でもあり中道政党のPMDBの中でもキリスト教右派だったクーニャはソリが合わず、議会でも反旗を翻してたんですが、クーニャにカー・ウォッシュの疑惑が降りかかり、「これはジウマの仕業だ!」として罷免を進める準備をしてしまったんですね。そして左のテメル氏は副大統領だったんですが、ジウマを守るでなしに、今から考えると、あれ、言い訳だったのかな、閣僚人事の件でジウマに腹を立てたということで、PMDBの議員にジウマの罷免票を投じさせたんですね。で、その後に自分が大統領に昇格しています。

ただですね。カー・ウォッシュの扱った石油公社のスキャンダルも、実は元々はPTが始めたものではなく、PMDBともう一つ別の党が始めた不正なんですよね。PTはあとノリだったんですが、PMDB関係のこの件での汚職がまあ、ひどくて

テメルの元付き人の政治家のアパートから、これだけのスーツケースに詰まった賄賂が出てきたんですよね(笑)。あと、リオ五輪で賑わっていたはずのPMDBの知事が贈収賄工作やりすぎて大バブルの生活をしたあと、今、リオ、債務不履行の大赤字ですからね。確かにこれなら「PMDBの方がひどい」は今ならわかります。PTでここまでのは聞いたことないですしね。

あと、このドキュメンタリーの監督、PTの汚職に関しては特に否定はしていません。その代わり、「私はゼネコンの経営者の一族」と称して、「ブラジルの政治とゼネコンの癒着は歴史的なものなのに、なぜPTの代からだけ急に叩かれるんだ」と問題提起してます。ここはうまいと思いましたね。

あと、もう一つ大きいと監督が主張しているのが、銀行家とマスコミによるクーデター説ですね。ルーラほど交渉力がうまくなく、連立党の不満も集め、さらに経済の舵取りもうまくなく、さらにカー・ウォッシュで受けた被害で国の経済もマイナス成長に傾いた。その責任を取らされた、という説ですね。ただ、日本みたいな国だと、首相が「私が責任持って辞任します」がいくらでも通用するんですけど、大統領制の国ではそうにはいかない。だから、「こんなことしてると国が・・」の危機感も確かにあの時期、ありました。ただ、ジウマには汚職の痕跡が全然なかった。そこで

このジャナイーナさんという弁護士さんを筆頭とした、ジウマ罷免プロジェクトが動いた際、直接の罷免を正当化する理由が「国庫からの不当に多い政府への借り入れ」でしたからね。これ、理論的には僕もその当時は理解できたんですけど、「借り入れで赤字なら前の代でもやって、額が大きいから罪というのはわからない」みたいな形でジウマは抗議してましたね。多くの国民には、ここがよく説明されず、「謎めいた罷免」の印象作ってましたね。

 あとマスコミというのも、今にしてみたらわかるところありますね。ジウマが罷免される理由となった本当の理由は、16年3月、不動産問題で逮捕されそうになったルーラを匿うために、官房大臣の役職に就けて、その役職特権で逮捕を逃がそうとしたことなんですね。これに関しては、完全にジウマのミスだし、ここは僕も擁護しないんですけど、そこで国民が怒っている最中に

セルジオ・モロが、この2人の盗聴を流して、官房長官就任が逮捕逃れを目的としたものだとほのめかす盗聴テープを流して、これで国がパニックになったんですね。

これで、国民の流れは一気に罷免に傾き、ジウマは罷免に追い込まれます。ただ、モロのやったことは漏洩もそうだし、その前の大統領クラスの人への盗聴も違法。これは左派支持者たちからの強い反感を得ることになります。そして、やめておけばいいのに、この「漏洩」がモロの非常に悪いクセにも今後なっていきます。

でも、これも今考えると、マスコミの作り出した過剰な「モロ対PT政権」の過剰な演出だったような気がしてなりませんけどね。

・・と、ここまでで、このドキュメンタリーの4分の3くらいなんですが、僕が決定的にこのドキュメンタリーに賛同するようになったのは、残りの4分の1、プラス、今、現在、ブラジルの政界で起こっていることを体験しているからです。明後日、後編を話しましょう。



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