経験が繋がったとき、自信が芽生える③

こんにちは。Theory two Heartのみこです。

今日も「学問畑(美術史)だった私が、どうしてカウンセラーになったのか?」の軌跡をお話ししようと思います。

タイトルにあるように
一見バラバラの経験が、自分のなかで繋がりを感じられたとき
人は大きな自信を得ると私は考えています。

その具体例として、私の体験談を何回かにわたってお話ししています。
今回もまだお悩み時代ですが、美術史に限らず人文科学をやっていた人にとっては「あるある」…かもしれません。

学問をやっていくうえで
・歴史って本当に分かるの?誰かの主観が入ってるじゃん!
・何をもって個人(オリジナリティ)とするの?逆に何をもって一般論(まとまり)とするの?
という疑問にぶちあたりました\(^o^)/

もう十分壁にぶちあったっているのに
まだまだ、私の悩みは続くのでした…

専門性をとるか、分かりやすさをとるか

ここと関連することが「専門性」と「分かりやすさ」の対立にもあるかもしれません。
あまりに専門性を追究すると、分かりやすさが疎かになります。

学問の世界でも、本当に頭の良い人たちだけで、専門用語を使って、難しい議論がされることは何度もあります。
美術史って、美術を見てなんぼなのに全然作品が出てこないことも結構ありました。

専門家によって、どんどん正確性が追究されていくことや、新たな発見がもたらされることには、大いに意味があります。
何が真実か分からないからこそ、分かろうと努め、力を尽くすことは本当に大切なことです。

けれど、そこだけに偏ると、どうしても「分かりやすさ」が疎かになってしますのです。
専門家だけで、その世界が成立することはありません。
それを応援してくれる人たちが必要です。
もちろん、逆もまた然りです。
人がたくさんいても、その道に長けた人がいなければ、その分野は衰退してしまいます。

応援してくれる人たち。
その人たちは、「ちょっと興味あるな」「もう少し知りたいな」くらいの気持ちです。

専門用語ばかりでは難しくて頭が?でいっぱいになってしまうけれど
分かりやすい説明があったら
バラバラの知識が、まとまりとして…点と点が線で繋がれば、大きな喜びになります。

美術館の展覧会は、そういう層に向けた大切な催しに感じられます。
本物の作品を展示し、専門家による研究を分かりやすく紹介する。
(展覧会もね、本当にいろいろな人の助けによって成立しているのです。
私で分かる範囲ですが、機会があったら改めてここで紹介しますね。)

もっと、こういう形のものがあってもいいんじゃないかと思ったのです。
分かりやすく、いろいろな人に伝わること。
ちょっと興味があるんだ、という人が手に取りやすい伝え方。

私の興味関心は、どちらかといえばこっちにありました。
ただ、これがいわゆる学問の世界とは違った価値観というのに気づくのに時間がかかりましたし
「専門的なことを分かりやすく伝えたい」という気持ちを、仕事として形にするには、職業の選択肢も限られていました。

今日はここまでです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました☆
この連載もあと2回です。
次回も読んでいただけると嬉しいです♪

今日の1枚

私が研究発表で何度も扱った≪マラーの死≫という絵です。(流血表現注意)

フランス革命で活躍していたマラーさんでしたが、反対勢力によって暗殺されてしまいました。
革命に共鳴していたダヴィッドさんは、マラーさんの死を悼み、彼を革命に散った勇士とすべくこの絵を制作したと言われています。
ちなみにマラーさんが裸なのは、皮膚病の治療のためにお風呂に入っていたところを襲われたから、だそうです。

※画像はWikipediaより引用しています。
⇒引用元はこちら

少し暗めの画像ですが、ものによってははっきり見えることも。
もしこちらの絵に興味がある際には、ぜひ調べてみてくださいね♪

死が題材のショッキングな絵ですが、ダヴィッドさんがマラーさんに敬意を抱いていたことが伝わる一枚だと、私は思います。

それではまた明日☆

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