スイッチはどこにある?

 9月21日は「世界アルツハイマーデー」 
 国際アルツハイマー病協会(ADI)が認知症への理解をすすめ、本人や家族への施策の充実を目的に制定されたもの。1994年9月21日、スコットランドのエジンバラで第10回国際アルツハイマー病協会国際会議が開催されたが、会議の初日であるこの日を記念日として定めた。

 鍵盤やフレットといった音の高さの基準が楽器の側にないテルミンのような楽器に長年取り組んでいるので、音の高さに関しては敏感な特性が人間に備わっていることについて日々実感している。
 一般に敏感な感覚というと味覚と聴覚の中でもピッチ(音の高さ)を挙げられるが、時間にも敏感な感覚が残されていると考えている。揺らぎの要素に欠く単調なリズムを聴いていて不快を感じるには、三音連続して聞けば十分。人間には未来を予測してイメージできる能力が備わっている。

 日夜スタジオで音楽の創造が繰り広げられているが、音楽制作の現場ではピッチコレクト(デジタル技術によるピッチ補正)が常態化している。
 先日、脳卒中等を患い麻痺などの障がいが残る人達のコンサートを聞いた。病気発症前には楽々ジャストピッチに近い精度で歌えたものが、後遺症等の影響で狙ったピッチに届かないことがあった。その声に触れたことで、心が激しく揺さぶられ、不覚にも涙が溢れそうになった。
 鍵盤に代表される整然と並ぶ音階からこぼれ落ちた音が、不意に情動のスイッチを入れ、感動の大波を起こすに作用したのだとすれば、ピッチ補正など用いるのを止めたほうが、心に響く音楽を創る道が開けているのにと思った。しかし、「ジャスト」からズレていれば良いのでなく、上ずった高いピッチだと心は共振を始めず、沈黙したままだったのも興味深かった。確かに私自身テルミンを弾いていて、キャラクターノート(Amだと「ド」)において上ずっていては、悲しい場面でいきなり道化が現れるような違和感がある。しかしドミナントコード(AmにおいてE7)や、ドッペルドミナントコード(AmにおいてB7)においては十分に下がり切らないほうが、緊張感を保つことができるとも考えている。

 人間のピッチ感覚の鋭敏さと、「ジャスト」から僅かに外れたところに、心を激しく震わす情動のスイッチがひっそり隠されている。この不思議と神秘について、世界アルツハイマーデーの日に思いを馳せた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?