見出し画像

自分なりの考えを持つ、と、人の言うことを聞かない、は、全くの別物。

「自分の意見を持とう」という主張は、よく耳にします。
大切なことなんですよね。これ。
己の主張が無いと、生きていくのがとてもしんどくなります。

しかしながら、「自分の意見を持つ」ということにこだわりすぎると「人の話を聞かない」方向に行ってしまうケースが散見されます。

これは、なかなか困った事態です。

自分の意見は、周囲の影響を受けて形作られる

自分の意見、というのは、生まれ持ったものでもなければ、ある日突然天から降ってくるものではありません。
後者の場合は、もはや、自分の意見ではなくて、天の意見なんじゃないかって気もしてきますけど、イエスキリストさんとか、モハメッドさんとか、空海さんや最澄さんとかならいざ知らず、普通の人には、天の声は聞こえません。

基本的に、僕たちがこの世界に生まれ出でてから、見聞きしたこと、経験したことの積み上げによって「自分の意見」というものが構成されていきます。

要するに、誰の話も聞かずに「自分の意見」を作ることは不可能なんです。
親兄弟、親戚、学校の先生、同級生、部活の仲間、そういう人たちとの日々の会話をインプットにし、また、本や教科書、新聞や雑誌、テレビやインターネットから取得された情報を加味しながら、「自分の意見」を構成していくことになります。

っていうか、そもそも「自分の意見を持とう」という思想そのものが、誰かの受け売りだったはずなんですよね。実際のところ。

大切なのは考え方

ここで大事なのは、考え方であり、判断軸です。
これを、しっかりと持つことが大切です。

考え方がない、判断軸がない、という状態では、インプットをそのまま「答え」として信用することしかできなくなります。
それをやってしまうと、誰かの意見を喋るだけの機械になっちゃいます。考えることを放棄してはいけません。

考え方、判断軸は、いわば計算式のようなものです。
インプットが変われば、アウトプット(計算結果)は変わります。
日々、入手される新しいインプットを、その計算式に当てはめていけば、物事を、自分なりに理解していくことができます。

計算式を確立していると、いろんな状況に適応できます。
しかし、式と答えを丸暗記していては、応用が効きません。

自分なりの「考え方」をつくろう。そして、アップデートしよう。

新しい情報に触れた時に、そのまま素直に信じ込んでしまうのではなく「ほんとかな?」「前に別の場所で聞いた話とは違う気がするな。」「このまま信じていいのかな?」などと考えられるでしょうか。

なんでもかんでも疑うべきだとは思いませんが、既に持っている知識と比較してみて、同じか異なるか、異なる場合は何がどう違うのか、を考える態度は大切です。

情報ソース(どのメディア?誰が文責を担っている?そもそも、いつの情報?)を確認するのも有効でしょう。

そして、そういう情報を集めた上で、どう判断するべきか?と、己に問うと良いと思います。
この時に、どんな答えを自分が出すのか?は、あなたの「考え方」によって異なるでしょう。

その情報を、なぜ信じるのか。あるいは、なぜ信じないのか。
100%信じるのか、50%なのか、30%なのか。それはなぜか?

これを、自分の中にクリアにしましょう。
ここがあなたの「情報リテラシー」の礎になります。

そして、(これがとても大切なのですが)その考え方、判断軸そのものも、時には疑ってみましょう。
例えば、「今まで○○さんの言うことは全て正しいと思ってきたけど、ちょっと疑いを持った方がいいんじゃないか?」とか、「株価は△△の動きに連動するという前提を置いていたけど、この状況下で、それを基本思想にしていて大丈夫かな?」とか、まぁ、内容はなんでもいいんですけど、とにかく、ときどき見直してみると良いと思うんですよね。

聞きたいものだけを聞き入れる危うさ

人の話を聞かない、と真逆に見えて、実は全く同じ問題を抱えている人もいます。

それが「聞きたいことだけ聞き入れる」です。

耳障りの良い言葉。
自分の感性にあった言葉。
自分の考えを肯定してくれる言葉。

こういうのは、基本的に「嘘」「詐欺」です。
残念ながら、そんなに美味しい話は無いんですよね。

陰謀論とかも、(ここでは、そもそもの定義には触れませんけど)なかなか都合の良い話が多いんですよ。

  • 誰か明確な悪者がいて、全てを牛耳っている

  • 実験結果は全てでっち上げである

  • 証拠は全て隠蔽されていて、我々の手に入らない

みたいな感じ。
一言で言えば、まったく考えなくても良くなってるんです。あるいは、何も勉強しなくて良くなってるんです。陰謀論って。

何も学ばなくても、何も考えなくても、シンプルなルールをたった一つ、信じればいい。
そういう構造になってることが多いです。

上で書いた内容で言うと
「明確な悪の存在がいるから、その人/組織を攻撃すればいい(相手は、証拠を隠すような悪人だから、根拠なんてなくても人格攻撃をすれば良い)」
「公開されている各種データは改竄されているので、無意味(だから、内容を理解しなくてもいい)」
「真実を調べようとしても、情報は隠蔽されてるから、調べようが無い(だから、努力しなくていい)」
って感じですね。

こういう風になってしまうと、考えてるってことになりません。
思考停止をしています。ヤバいです。

そして「自分の考えを持ってない」ってことになってます。
それ、誰かの意見ですよ?って話です。

聞きたいことだけ受け入れるのではなく、耳に痛い言葉や、ちょっと違うかなと思う言葉も、とりあえず聞いてみて、ちゃんと考えてみて、それから「さて、どうしたものかな」と自分と対話してみるのが良いんじゃなかろうかと思います。
あと、困ったら、周囲の人に相談してみるのも良いですよ。できれば、違う集団に属する、複数の人たちに、ね。

いただいたサポートは、このnoteで紹介する書籍の購入に使わせていただきます。