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【創作】アドマイア大統領とフラワーさんの恋①

これは、小さな星の小さな世界の小さな国の小さな森の、小さなドーナツ店で売られているドーナツのお話。

小さな国の大統領はアドマイア氏。恋の相手はフラワーさん。正反対の二人。

アドマイア大統領は、ハーバルシティの表通りをコーヒージェリー・スプーマ片手に逍遥して休日をすごすのが好きなタイプだし、かたやフラワーさんはノーレス・ナチュラルボーン・ウェンチ。日曜日の昼下がりは純白の花弁に見事なプラム色をした唇、鮮やかなタンジェリンのひげをたなびかせて泥まみれのふくよかな足を牛になめさせるのがお気に入りなんだからね。

牛なんて、アドマイア大統領にとってはやわらかなピンクになめされたカーフの財布くらいの意味しかもたない。
そんな二人が出会って世界は変わってしまった。
あらゆる時計は正確な時間をしめさなくなった。チョウシンとタンシンはべっこう飴のようにからみあいウェストハイランドを目指して伸びはじめた。ビョウシンは儚くほろほろとくずおれた。
くずれたビョウシンには針の形がなくなるまで、大きなあごをもった熱帯の蟻がたかった。今では白いプラスチックの鳩時計の鳩だけが日に数回、ねむたげなささやき声をあげる。

クルック。

鳩の声がささやくたびに二人はULYSISS邸で食事をとる。フラワーさんはアドマイア大統領さえいれば幸せ。テーブルセッティングなど気にかけないが、アドマイア大統領は食事のたびにテーブルライナーをとりかえ、銀の7本枝のしょく台に火を灯す。
日本のYUJOの帯から仕立てた今日のライナーは銀糸で縫いとられたからくれないのみづくくる紅葉のダマスク。銀の食器を並べて、塩漬け豚やくたくたに煮込んだインゲン豆、卵とトマトのサラダ、タラゴンの葉を散らしたエスカベッシュなんかをたべる。

食前には指ぬきほどのおもちゃのグラスで透き通った緑のアップサント、食後には同じグラスでとろりと濃緑ににごったミント・リキュールを飲む。
それからアドマイア大統領は感嘆し、うっとりとながめ、いま食べたばかりの白身魚のほのかな生臭さの残る唇でフラワーさんの弁端にキスをする。

アドマイア大統領が目を細めると、フラワーさんはどうなりと、とアイリスのような色香でこたえる。
そしてまた、時計のチョウシンとタンシンはからみあいながら伸び世界はすこしずつ崩れていく。

アドマイア大統領は、小さな世界の中心を闊歩する。フラワーさんは白いふくらはぎに泥、雌しべをそよ風に漂わせ、うっとり日向ぼっこ。小さな森のドーナツ店でケーキドーナツをひとつ、注文してアドマイア大統領を待つ。

僕はいつも二人を見ていた。アドマイア大統領は決して自分のことを話さない。フラワーさんはいつも何かをしゃべっているが本当は何もしゃべっていない。二人は世界の対極。ひかれあって当然だけれど、離れていなければ世界が変容してしまう。小さな世界。僕の世界。


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