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色の強弱

日本で生まれ、イギリスに滞在したことがあり、ノルウェーで交換留学中。
そんな僕は今ドイツのケルンにいる。
というかケルンを通過している。
向かう先はフランクフルト。

寝ては覚めてを繰り返し、スウェーデンからデンマーク、ドイツへと電車を乗り継いだ。
囲まれていた言語もたった数時間で移ろい行くし、YouTubeの右上に書かれるアルファベットも変わっていく。
そんな一日を過ごして思う。
自分は何なんだろう、と。

異国の鈍行列車に乗った選択は間違っていなかった。
地元民の多く利用する電車に、外国人の自分も同乗する。
ほとんどが白人の中でアジア人は僕くらい。
けれども皆が同じようにスマホやパソコンで時間を潰す。

観光客にしては移動に時間を費やす。
旅行と呼ぶにはあまりにも普段の延長が過ぎる。
ふと自分がアジア人であること、旅行客であることを忘れる

ノルウェーの家を出て寝台列車に乗った時が遥か昔のよう。
何か起こったとき大丈夫かな、といった不安と期待に胸を膨らませていたあの感覚。
今や次何食うかとか、眠いなあとか、どこ観光しようかなあとか。
不安などはとうに消え去り、あるとすれば衣食住の思案だけ。
随分と長いことこの生活をしてきたみたい

電車に揺られてふと考えた。
この世は決してコントラストなんかじゃなく、グラデーションなんだと。
自分が日本人だとか、アジア人だとか、そういうのはあくまでも「っぽい」ってだけ。
他と比べてアジア色(いろ)が強いし、その中でも日本色(にほんいろ)が強い。
でもこの世に純度100%の日本色なんて人はいないし、そもそもそんな色は存在しない。

ただ、今の世の中、色が綺麗に分かれた色だと思ってる人が多すぎる。
人種なんかは綺麗に分かれてるわけじゃないし、限りなく100%に近い日本色の人もいれば、51%くらいの日本色の人もいる。
33%ずつが中国色と韓国色で、34%の日本色の人だって。
じゃあどこからが日本人色なんだろうね。

この世にあるのは全て色の強弱なんだろう。
色んな色が重なって集まった集合体。
そもそもそんな色分けなんて要らないんだろうな。
色に溢れすぎている世の中だから、時には暖色か寒色か。
自分の好きな色かどうかだけでもいいんじゃない?

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