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【再4回】アイビキとアラビキ【コユメちゃん日記】

「人と人は……なぜ、出会うのか……」

 そう言って私は床に突っ伏した。
 帰宅するなりぶっ倒れた。
 そんな私にお水を差し伸べつつ、同居人の小野寺オノデラが覗き込んできた。

「どうしたの~? おかえり、コユメちゃん~」
「ただいま、小野寺。ありがとう。……どうしたもこうしたもないよ。客先に行って人に会って話をしてきて、疲れきったんだよ私は」

 体を起こして水を飲み干すなり、喋り始める。

「いやもうまったく、どうしてこの時代にわざわざ人と人が対面で会うんだろうね。会わなくてはいけないんだろうね。そうしなくても済む方法は沢山あるだろうにね。私は人と会って話すのが苦手なのよ。出来なくはないけど嫌なのよ。なるべくならしたくはない」
「はえ~……」
「まあ、会って話すのが好きな人もいる……し、会って話すのが好きな相手は私もいるけれどね。はあ~……」
「コユメちゃんは~、何気に色々気が付いて気にして気を使って疲れちゃうんだもんね~。お疲れ様~」
「どうせ繊細な臆病者よお」
「鋭敏な気配り屋でしょう~?」
「ああん、小野寺が天使に見えるうう」
「はえ~……、相当疲れてるなこれは~」

 小野寺が苦笑いしながら、私の口にチョコレートを突っ込んできた。
 少し、回復。

「……よし、落ち着いた」
「拍手拍手~」
「しかし、何ていうかな。言語外の情報が欲しいんだよね、きっと」
「人と人とが会う理由~?」
「そうそう。声とか、息遣いとか、肌の温もりとか……そういうのは分かりやすいけど。それに限らず。早い話が安心したいのよね」
「安心かあ~……確かにね~。そういう気持ちはあるかも~。でも、なんで会うと安心するのかはわからない~」
「さっきの言い換えだけど、顔色とか挙動とかから健康状態や精神状態がある程度わかる……言葉に出来なくても、言葉に現れない何かを感じ取りやすい、というのはあるよ」
「なるほど~」

 よっと。
 立ち上がって床から椅子に座りなおす。足を組む。私のスタイル。

「でも何より、『会う』こと――それ自体が信頼を生むのだと思う」
「そのもの?」
「そう。『会う』ことはリスク……危険性を帯びるからね。手を伸ばせば傷つけられる距離だったり、相手のフィールドに踏み込むことだったり、昨今なら感染症も念頭に置かれる」
「ふむふむ~。確かに、回線越しより危険性はあるよね~」
「うん。つまり、相手に身を晒してるのよ。ある種の無防備。それだけの危険性を押してでも『会う』という選択をしてくれた。言い換えれば、最低限の犠牲を支払った。そのものが信頼の証であり、安心を生むってことなんだと思う……だから」
「だから~?」
「だから、残念なことに『会う』ことはきっとすぐには、無くならない……。お仕事もらうために、あるいは頼むために、どこかで身を晒さないといけないのよ……がっくし」

 私は変わらぬ未来を憂いて、大げさにうなだれる。
 そんな私の頭を、気紛れなのか、小野寺は撫でてくれた。

「関係ないけど~、『うなだれる』って美味しそう~」
「本当にぜんっぜん関係ないなお前。ウナギのタレだからでしょ!」
「そうとも言う~。あはは」
「まったく、食い意地の張った子ね! しょうがないから、明日はウナギのかば焼きを買いに行こうかな」
「え~、いいの~?」
「いいわよ。私に世話を焼いてくれたお礼」
「わ~、世話を焼いたらかばも焼ける~!」

 というわけで、今日は終了!
 見事にオチ無し!

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