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MTF図の補足情報

 前回に、MTF図を読み込むときの注意点をいくつか話をした。それに関連したことで追記の話をもう少し。

波動光学的MTFと幾何光学的MTF

 最近になって、いくつかのメーカーが「波動光学的MTF」と「幾何学的MTF」の2種類のMTF図を並べて公開するようになった。

 光の法則や現象については専門家に譲るとして、光は波動性と粒子性の性質を備えているといわれる。光の波動的な性質により、小さな穴を通り抜けるとき穴の出口付近で光が直進せず屈折し散乱しフレアが発生する。これが回折現象だ。
 レンズでいえば絞り穴でこの回折現象が出て、フレアが発生することでコントラストが低下し解像描写性が損なわれる。絞り穴が小さくなるほど回折現象の影響は大きくなる(開放絞りの状態でも回折現象は発生している)。

 しかし一般に公開されているMTF図は回折現象を考慮に入れないデータでコントラスト特性曲線を作っていた。それが「幾何光学的MTF」なのだ。このMTFは、回折現象の影響を無視したいわば机上の空論的なデータになってしまう。
 そこで少しでも実際的なデータのMTF図も併記しておこうという意図で作られたのが回折現象の影響を考慮に入れた「波動光学系MTF」だ。

(図・1)

SIGMAのすべてのレンズで、幾何光学的MTFと波動光学的MTFの両方のMTF図を公表している

 波動光学的MTFと幾何光学的MTFの「違い」は、レンズの開放F値が明るいものほど回折現象の影響差が少ないが、開放F値の暗いレンズだと影響差が大きくなりコントラストが低下する。
 (図・1)の両方のMTF図を見比べると回折現象を無視した「幾何光学的MTF」のほうが良好なのがわかる。とくに30本/mm(高周波)の空間周波数のほうが回折現象の影響を受けていることもわかる。
 もしMTF図を厳密に検討するなら回折現象を考慮した「波動光学的MTF」図のほうを参考にした方がレンズの実写性能に近いといえるだろう。

MTF図を非公開にしているメーカーの話

 ほとんどのメーカーがMTF図を公表しているが、幾何光学的MTFとか波動光学的MTFどころか、MTF図そのものを公表していないメーカーもある。
 リコーと合併する以前のペンタックスはすべてのレンズについてMTF図は非公開(合併後は、リコーの方針に従って新レンズについては公開しているがLimitedレンズだけは現在も非公開を続けている)。

 そこで、MTF図非公開の理由についてリコー(ペンタックス)に、以前質問したことがあって、以下はその回答。

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質問:
 ペンタックスブランドの交換レンズの中にMTF図を公開していないレンズがあります。その理由を教えてください。

回答:
 MTFはレンズ性能のある側面のみを示すもので、このデータだけでレンズ全体の評価はできないためです(他の収差情報なども含めデータは公開していません)。ただし、ペンタックスとリコーが一緒になった現在、同じ会社が扱う製品でMTFの公開/非公開の違いがあることは、お客様に対して説明が付きづらい状態ですので、今後のデータの取り扱いについて検討をしたいと思います。
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 ペンタックスの回答の行間を読むと「MTF図などのレンズデータだけでレンズ全体の評価はできない(してほしくない)」という気持ちがはっきりと伝わってくる。このような明快なフィロソフィーを持ったメーカーがあっても、私はそれはそれで良いのではないかと思うが、さて読者諸兄はどうお考えになるか。

 ところで、現在のリコーと合併したあとのペンタックスレンズのMTF図はどうなっているかといえば、MTF図の公開/非公開や内容がレンズによってまちまちでまったく統一されていない。

 たとえば「HD PENTAXーD FA★50mmF1.4 SDM AW」では幾何光学的MTFと波動光学的MTFの図を公開。さらに幾何光学的MTFは、F1.4、F4、F8の3種の絞り値でのMTF図も公表している。

 しかし波動光学的MTFのほうはF1.4開放F値の図のみで、絞ったときの図は公表していない。絞ったときのレンズ結像性能の変化(回折現象の影響と絞ったときの画質向上のバランス具合)は波動光学的MTFを見ないとわからないのに、これでは肝心なところを目隠しされているようだ。

(図・2)

PENTAX50mmF1.4のMTF図、開放F値とF4、F8に絞り込んだMTF図は幾何光学的MTFだけだ、波動光学的MTFは開放F1.4のみである、これは残念、ほんらいなら回折現象の影響は絞り込んだときに影響を受けてそれがMTF図に現れるはずなのに

 しかし、他のレンズの多くはここまで詳しいMTF図を出していないままだし、Limitedレンズのように、いまだに非公開を貫き通しているレンズもある。メーカーにとっては、いろいろと難しい〝大人の事情〟もあるのだろうけれど、もう少し比較検討しやすいようにしてほしいものだ。

「MTF図の読み方」編の最後にあたって

 さて、MTF図の読み方の最後にあたって ━━ 役立つかどうかわからぬが ━━ 実際にレンズ選びのとき、MTF図をどのように活用したらよいのか、その個人的な一例を紹介したい。

 ニコン「NIKKOR Z 28~75mmF2.8」タムロン「28~75mmF2.8 Di III VXD G2 (Model A063)」の2本の28~75mmズームレンズがある。

 仮に、この2本のレンズのどちらを選ぼうか(購入しようか)と悩んだとしよう(以下に検証したレンズ情報は2024年4月現在のものをベースにしている)。

 レンズの外観写真を見比べると、ニコンもタムロンのレンズもレンズ前方にズームリング、後方にフォーカスリングが配置されているし、ズーミングの回転方向も右回転で望遠側に、左回転で広角側になっている。外観形状は多少のデザインの違いはあるが操作系などはそっくりだ。
 レンズ構成イラスト図を見ても、とてもよく似ている。どちらも非球面レンズや異常低分散ガラスを使用している。

(図・3) 

ニコン「NIKKOR Z 28~75mmF2.8」とタムロン「28~75mmF2.8 Di III VXD G2 」の外観写真
(図・4) 

同じくニコン・28~75mmズームとタムロン・28~75mmズームのレンズ構成断面イラスト図

 これらの外観写真やレンズ構成図を見比べる前に、両レンズの仕様表(スペック表)をじっくりと読んで比較検討しなければならないのはもちろんだ。

(図・5)
 
両ズームレンズの仕様表の概略比較

 大まかな仕様表だがこれを見比べると、そのスペックは、酷似してるといっていいほど似かよっている。ただし、すでに気づいておられるだろうけど、異なるポイントが2つある。

 1つめは発売日が約2年違って、ニコン(2022年1月)よりタムロンのほうが新しい(2024年3月)。一般的な話だが「新しい設計のレンズ」のほうが「古い設計のレンズ」よりも性能がいい場合が多い。

 2つめは価格差だ。ニコンよりもタムロンのほうが約17,000円ほど高価格である(ともにメーカーのオンラインショップの税込み価格)。
 ニコン純正レンズのほうがサードパーティ製レンズよりも低価格であることは珍しい。価格のことだけ考えるとニコンレンズのほうに(純正レンズであることもにも)魅力を感じる。ますます、どちらを選べば良いか迷う。

 さて、かんじんの結像性能はどうだろうか。比較参考にするために両レンズのMTF図を見比べてみた。

(図・6)
(図・7)

 28mm広角側の10本/mmラインはニコンもタムロンも充分なコントラストがあるのだが、強いて言えばタムロンのほうがとても良い印象だ。とくに望遠側は〝単焦点レンズ並み〟と言ってもよく、ズームレンズのMTF図とは思えぬほどの好成績だ。

 30本/mmラインは、どちらの広角側のSラインもMラインも離れているのが気になるけれど(ぼけ味が気になる)まあ良い印象だ。ニコンのほうがやや周辺部にいくに従って像の流れが50~30%ぐらいまで落ちているのが気になる。タムロンのほうはMラインが、Sラインに比べて急激に落ち込んでいるが像高ぎりぎり(画面四隅)でも60%以上をキープしている。Sラインの様子はほぼ文句なしといったところだ。
 同じように75mm望遠側の2つの空間周波数ラインを見比べるとタムロンレンズの良さが目立つ。繰り返すがズームレンズのMTF図としてはかなり優秀だと言える。

 こうしてニコンとタムロンのMTF図を見比べてみると、約17,000円の価格差と、純正レンズとサードパーティー製レンズというブランド力の差はあるものの ━━ 試用もせずに限られたレンズ情報で判断する限りだが ━━ タムロンレンズのほうを選んでしまいたくなった。

 むろんMTF図でレンズ性能のすべてが判断できるわけではないのは言うまでもない。絞り込んだときや中距離や近距離での結像性能、ぼけ味や逆光性能はMTF図だけではわからない。もっと重要な操作感(ズーミングの感触)やレンズの重量バランス、AFのレスポンスなどなど実際に手にして使って見たり写してみないとわからないことも多い。

 というわけで、延々とMTF図について話を続けたけれど、結局はMTF図だけでレンズの総合的な描写性能も操作感を判断することは難しいということになってしまった。
 しかしながら、MTF図を読み比べることで、レンズの結像性能の一端が見えてきてレンズ選びの参考になることもあるのではないだろうか。

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