「バラの月曜日」 Der Rosenmontag(デア rローゼン・モンターク)

 バラは、die Roseで女性名詞である。語中のs字は、ザ行音の発音となる。その複数形が、die Rosenとなる。月曜日が、der Montagで、語尾のg字は、d字などと同様、それが単独で出た時には、無声音として発音する。という訳で、Rosenmontagを「バラの月曜日」と訳したわけであるが、但し、このRosen- の部分は、本来は、Rasen- であったと言われている。

 そして、このRasen- がrose-になったのは、ドイツ西部のカトリック系大司教都市Kölnケルン(慣用的な表記では「ケルン」ではあるが、筆者とすれば、ö字を「オェ」と表したいので、「コェルン」と書きたいところである)を中心とするケルン方言のせいであり、これが、「気違じみた、無茶苦茶な、猛烈な、とっても素敵な」の意味を持つのであると言う。であるので、この意味を反映して訳すのであるならば、「お馬鹿な月曜日」とにでもなるであろうか。

 さて、この日は、どうして「お馬鹿に素敵な」月曜日なのか。それは、カーニバルに関係するからである。あの「哲学者の国」ドイツに、Karneval、カrルネヴァルの慣習があるとは、俄かには信じがたいであろうが、リオのカーニバルと似たものがドイツにはあるのである。

 この「カルネヴァル」という名称を使っているのは、父なるライン川の中・下流域の町々である。ドイツ中西部で、フランスとの国境に近い諸都市、マインツ、ケルン、デュッセルドルフなどで、これらが、そのメッカとなっている。一方、「カルネヴァル」は、ライン川上流域では、Fastnacht(ファスト・ナハト)と、ドイツ南部のバイエルン州、とりわけ同州の東部、ニュルンベルクなどでは、Fasching(ファシング)と、呼ばれている。

 とりわけ、Fastnachtという言葉からよく分かるのであるが、この言葉は、fastenとNacht(「夜」の意)から出来ており、fastenとは、「断食する、節食する」という意味である。つまり、Fastnachtとは、節食期間の始まる(前)夜を意味する。

 クリスマス期間と同じぐらいに重要なキリスト教の教会暦祝祭は、復活祭であり、カーニバル、謝肉祭を祝って以後の40日間が、イエスの砂漠での40日間の試練にならって、断食・節食の期間となる。後の教会典礼暦に定められたところによると、Rosenmontagは、復活祭の日曜日から数えて、48日前と決められている。そして、この日を中心として、前の週の木曜日からFastnacht週間が始まり、Rosenmontagがある週の水曜日(「灰の水曜日」)の零時きっかりに、「第五の季節」といわれるFastnacht週間が終わる。こうして、復活祭までの節食期間が始まるのである。

 今年の2022年のRosenmontagは、2月28日であったが、Fastnacht週間が始まる、前の週の木曜日は24日であった。例年であれば、クリスマス前の節食期間の第一弾が11月11日に始まることからこれを、号令が掛かる時間として、午前11時11分にそれぞれの町の市庁舎にカルネヴァリスト達がなだれ込み、市長から町の行政権を象徴する鍵を手渡される。この日は、法律で決められた休日ではないが、午前中からもうカルネヴァルが始まっているので、事実上の休日である。また、相手の男性にもちろん了解を取ってからではあるが、鋏を持った女性カルネヴァリスト達は、その男性のネクタイをじょっきりと切り取れるのである。故に、この木曜日のことを「女どもの木曜日」と呼んで、日頃の男性優位社会を「転倒」させる痛快感を女性に味わってもらうという日でもあるのである。

 しかし、今年度はコロナ禍が未だ収束していないこともあり、自粛ムードであったところに、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻の報せが当日に入り、コロナ感染防止の策を取りながら、とにかく小人数だけででも「市庁舎突撃」を企てていたカルネヴァリスト達も急遽、その「企み」を中止した次第であった。

 例年であれば、木曜日に始まったカルネヴァルは、金曜日、カーネーションの土曜日、チューリップの日曜日とあちこちでカルネヴァル・パーティーを繰り返して、月曜日でRosenmontagを迎える。この日は、町中を仮装したカルネヴァリスト達が練り歩き、場合によっては、山車を引き出して行列行進を行なう。そして、この山車では、政治・社会風刺が効いた場面が、青森市のねぶた祭りの山車のように、大きな張り子で表現されることが多く、その痛烈さは、全国レベルのニュースにもよく出されるものである。一般民衆が権力者を公けに批判するという、擬似革命的な権力関係の転倒がここでは起こるのである。

 しかし、今年はコロナ禍に対応してそれを中止しようと考えていたケルンのカルネヴァル実行委員会は、急遽、ウクライナ戦争反対をスローガンにする平和デモにRosenmontagの行列行進を替えることを決めたのであった。

 2022年2月28日の当日、仮装したり、或いは、仮装はしなくてもウクライナの旗の青・黄色のカラー・コンビネーションを付けた人々が、ケルンでは25万人、伝統の掛け声「Kölle Alaaf:コェレ アラーフ、ケルンが何よりも一番!」と三度叫びながら、集まったと言う。それどころか、平和を象徴する白鳩も放たれたのである。ケルンの女性市長は演説に立って、「既に金曜日以来ロシアの街角で戦争反対を唱える勇気あるロシア人の皆さんに尊敬の念を込めます。」と強調した。ノルトライン=ヴェストファーレン州知事だけではない、ケルンのブンデスリーガ・サッカーチームも平和デモに協力したと言う。

 日本では「雛祭り」の日となる3月3日の木曜日は、プーチンによるウクライナ侵攻が始まってまる一週間経った日でもあり、普段は金曜日にデモを行なっている「Fridays for Future」が、ドイツでも生徒達に平和のデモ行進を呼びかけ、反戦・平和への意思表示を明らかにした。首都ベルリンでは約5千人の生徒が集まったと言う。戦争の早期終結と同時に彼らは、ドイツ経済がロシアからのガス・石炭・石油に依存していることを指摘し、この点からも、再生可能エネルギーの割合を早急にさらに増やすエネルギー政策が必要であることをデモンストレートしていた。今や環境保全は、安全保障でもあるのである。

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