「六月甲虫」Junikäfer (ユーニー・ケーファー)

 六月に入ったので、この昆虫のことについて書こうと思う。「五月甲虫」(Maikäfer)は、有名で、「うるわしき月、五月」と共に喧伝されるので、ご存知の方もおられることであろう。ケーキ屋で、この昆虫を模したお菓子が置かれたりしていることもある。しかし、「六月甲虫」はマイナーなので、余り知られていない。

 それでは、まず、この言葉の発音から行こう。der Juniは、男性名詞の6月の月名である。j字は、ドイツ語では、ヤ行の発音になる。それで、「ユーニー」となる。日本Japanも、ゆえに、「ヤーパン」と発音する。ちなみに、der Juliユーリーが、7月の月名で、電話などで、これらの月名を言った時に、聞き違えられないように、わざわざ、6月を「ユーノー」と、7月を「ユライ」と、母音の長さや語尾の形を変えて言う。数字の2も、普通はzweiツヴァイであるが、数字の3dreiドrライとの混同を避けるために、zweiをzwoツヴォーと発音するのと同様である。

 次に、der Käferという言葉である。男性名詞である、この言葉は、Volkswagenフォルクスヴァーゲン社の、あのカブトムシ型をした車の愛称と言えば、聞いたことがある言葉かもしれない。変音ä字は、日本語風に「エ」と発音してOKである。音節の〆になるr字は、「アー」と表記することは、既に何度も筆者の投稿で述べてある。意味は、表題に訳した通りで、必ずしも「カブトムシ」だけを指すものではない。

 Käferとは、節足動物門の内で、昆虫綱の、コウチュウ目のことを指す。このコウチュウ目(学名:Coleoptera)には、179科があり、その種(しゅ)は、35万種以上を数える、昆虫綱の中で最大の「目(もく)」である。今でも新しい種が見つかると言い、ドイツがある中部ヨーロッパには、約8.000種が観察されると言う。ヨーロッパ大陸で見られるコウチュウ目は、大きさは、0,5㎜から75㎜までで、中部ヨーロッパで最大の「コウチュウ」は、ヨーロッパ・ミヤマ・クワガタで、ドイツ語では、訳して、「牡鹿コウチュウ」と呼ばれている。

 では、Maikäferや俗名「Junikäfer」が、どの科に属するかと言うと、コガネムシ科(学名:Scarabaeidae)、コフキコガネ亜科に属する。

 Maikäfer(学名:Melolontha)には、大きく分けて、森に生息するものと野原に生息するものの二種類があるが、ドイツでよく見られるのは、野原に生息する種で、体長は、25㎜から30㎜である。体は、比較的大きい触覚が扇状になっているのが特徴的で、頭部と前胸部が黒色以外、鞘ばね部分は茶色である。20世紀半ばまで、捕まえてニワトリの餌などにもしたが、昔はフランスとドイツの一部では、Maikäferをフライパンで燻して、マイケーファー・スープを作ったりした。また、パティスリーとカフェを併設したコンディトrライ(Konditorei)の店舗では、砂糖漬けにされたMaikäferをデザートとして提供したとも言う。その飛行中の羽根の音が目立つところから、「Maikäfer, flieg! マイケーファー、フリーク!」(マイケーファーよ、翔べ!)という、元々は17世紀或いは18世紀に出来たという、有名なドイツ童謡がある。地方によって歌詞には色々なヴァリエーションがあると言われる、この歌には、子供たちが、飛んでいるMaikäferを捕まえては、また、逃がしたという遊びがその成立のベースになっていると言う。

 一方、「Junikäfer」とは、俗名でこう呼ばれている種がいくつかあるのであるが、基本的には、同じ亜科の、学名でAmphimallon solstitialeという、ドイツ語名を訳すと、「肋骨状文付き休閑地再耕作開始月・甲虫」という種を指す。ヨーロッパの三圃式農業で休閑地を再び耕す月が6月であることから、6月の別名「Brachmonatブrラーハ・モーナト」のBrachを採って、Brachkäferと名づけられている。

 このBrachkäferの体長は、14㎜から18㎜とMaikäferより小型であり、色は黄色がかった茶色である。前胸部及び鞘ばねには短い毛が生えており、また、鞘ばねには両側で合計6本の筋が通っていて、それで、「肋骨状文付き」と呼ばれている理由である。夜行性の昆虫で、6月下旬から7月に入る時期の、暖かい夜によく群れをなして飛行すると言う。

 ちなみに、実は、「七月甲虫」Julikäferもいる。学名は、Anomala dubiaで、これは、スジコガネ亜科に属する。体長は、12㎜から15㎜で、Brachkäferよりさらに小型であり、体型は、楕円型で、鞘ばね部分は体長の割に高くなっている。頭部、前胸部は、メタリックな緑色を、鞘ばね部分は薄茶色をしている。鞘ばね部分に、筋があるが、毛が生えていないのが特徴的で、これが、この種を他の似たような種から区別する、よいメルクマール(この言葉は、ドイツ語のMerkmalから来ている)になると言う。また、昼行性の昆虫で、夕方近くまで飛行する。この点も、夜行性のBrachkäferと異なる所である。

 さて、このJulikäferと同じ亜科に属する、本来ヨーロッパにはいなかった「害虫」が、ここ数年来ドイツで話題になっている。Junikäferなども「害虫」にはなり得るが、それは植物の根を幼虫の段階で食い荒らすからである。しかし、この「指名手配中」の害虫は、300種以上の植物に食いつき、とりわけ、果樹園、野菜畑、耕作地などにある、有用植物、さらには、観賞用植物までもその「守備範囲」に入れて猛食欲振りを示す、「超極悪」害虫なのである。その名を、よりによって、「日本甲虫」Japankäferヤーパン・ケーファーという。

 この「日本甲虫」、学名をPopillia japonicaというが、日本名では、「マメコガネ」と呼ばれており、体長は、8㎜から15㎜ほどの小型であり、体形は卵型で、色は、頭部と前胸部が金属光沢のある緑色、鞘ばね部分が、メタリックの茶色である。昼行性の行動をとる。 

 日本在来種であった、このコウチュウは、20世紀初めにアメリカ合衆国に帰化動物として「侵入」し、農業害虫として大繁殖をしたと言う。それゆえ、「ジャパニーズ・ビートル」と名付けられ、欧州大陸には、2010年代に北部イタリアにその存在が確認されたと言う。

 スイスの西部、ドイツとの国境に近いBaselバーゼル市で、2021年7月13日に生きたJapankäferのオスの一個体が見つかり、そのことがドイツ各紙で報道された。それ以前にはドイツのいくつかの地方で、死んだ個体が発見されており、生きた個体がドイツでも見つかるのは時間の問題であろうと、予測されていた。そして、21年11月に、バーゼル市から北に約70km行ったFreiburgフライブルク市で生きた個体が、当地の貨物操車場で見つかったのであった。世界のグローバル化と貨物の大陸間を越えての行き来が、こうした「密航者」を乗せてくる可能性を高くしているのである。

 欧州連合(EU:ドイツ語風に、「エ」で思い切り唇を横に張って、「ウ」でよく唇を丸くすぼめて、「エー・ウー」と発音したいところ)では、このJapankäferは、最重要害虫にリストアップされており、生きた個体の存在が確認された場合には、確認された場所から直径1㎞の範囲の地域が、防疫対象に指定され、害虫駆除の対象になると言う。

 1960年にドイツのハンブルクが「震源地」となり、世界的に有名になった、グレート・ブリテンのバンド「ザ・ビートルズ」は、今でもドイツで愛されている「ブリティッシュ甲虫」であるが、「ジャパニーズ・ビートルズ」たるJapankäferが、今後ドイツでその悪名を馳せないことを、日本人たる筆者は切に願うものである。

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