パレスチナマラソンへの道 最終章

さあ、みんな行くぞ!ヤッラ!

イヤッドが私たちを呼びに来た。スタートまであと10分。スタート地点にわたしたちは向かう

”パレスチナの自由のために走ろう!”

そういった類のことをステージでは話していてこちらにも聞こえてくる。スタート地点はステージのほぼ真裏。ステージ脇からこちらを見つつ訴えかけてくる。

このマラソンはパレスチナの自由のために走る

行った人しか感じられないこの熱量。ここにいるみんながここパレスチナが好きでこの国の占領が終わって欲しくてこの国に住む人たちがわたしたちが当然のように享受している自由を手にして欲しい、そう思って走るマラソン。走ることで国際政治と関わる、走ることで国際問題の解決のトリガーとなる。不可能に見えるかもしれないけど、100パーセントではない。

スタート

坂道を下って下っていく。直線道路に出るとその先に見える分離壁。その先には難民キャンプもある。狭い道を走る。沿道には応援の人たち。違うのは笑顔で応援してくれる人、何か諦めたような人。。。。

70年続く占領で70年も長い間存在している難民キャンプ。今さら走ったって変わらないよ、と思う人がいて当然。それくらい長いしきっと生まれて死ぬまで難民で見たことない故郷のことを言われても???となっている人だっている。

イスラエルの監視塔がある。そこをカーブしてマンガースクエアに戻る。監視塔の前には占領反対のプラカードの人もいるし、パレスチナの警察もいるし、マスコミもいる。

そして監視塔の窓は・・・・開いている。

年の頃なら20歳前後の若い女性兵士がマラソンを見ている。時折スマートフォンを出して写真まで撮っている。手を振るランナーもいるし、中指を立てるランナーもいる。

占領が作り出した悲しみというか歪みを感じた。
走っているパレスチナ人、女性で20歳前後の人であれば上から見ているイスラエル兵の女性と何の違うがあるというのか?占領する側とされる側。
もしイスラエル兵の女性が軍服を脱ぎ私服に着替え、パレスチナ人女性の隣に並んだらきっとわたしは見分けがつかない。どちらが何人なんて。何か歪んでいる現実。

そんな光景も盛り込まれているパレスチナマラソン。スタート直後のくだり坂は登り坂となり疲れに追い込みをかけてくる。
フルやハーフを終えて帰る人たちとすれ違う。

ヤッラーヤッラー!(がんばれ)

出番を終えたランナーたちが今走っているわたしたちに声をかける。
ゴールをしても特に実感は沸かない。実感は沸かないけど、写真くらいは撮っておこう。というか、その辺の人に写真撮ろうか?と言ってもらえたからなのだが。

ピースセンターでメダルもらえることは知っているので行ってみると、走ったのは10キロだったけど、レジストをハーフでしていたのでもらったメダルは21キロ完走になっている。記念品として取っておこう。

さあ、帰るか!と旧市街に入ると声をかけられた。

出てたのかい?おかえり!

そう話しかけてきたのはジャワード。ベツレヘムの友人だ。

久しぶり!出たの?まさかもう走り終わって帰ってまた来たとか?

ランナー風の軽装ではなく、コートまで着ていたからだ。

出ようと思ったけど今回はちょっと色々あって。いつデヘイシェには来るんだ?みんな待ってるよ。
わかった!来週ね!

スタート前にはイヤッドファミリーに会い、帰りにはジャワード。

パレスチナが狭いのか世界が狭いのか。



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Azusa Suga

パレスチナマラソン2019

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