6年前の今日はインドにいました

facebookの機能で◯年前の今日の出来事をお知らせしてくれるものがある。ちょうど今日もポップアップされた。

6年前はインドの南部マイソールにいた。最寄りの空港はITで有名なバンガロール。

実はここマイソールでわたしのパレスチナは始まった。わたしは冬の寒さを逃れることとヨガの練習をすることを目的にインドのマイソールに遊びに来ていた。ここで知り合ったムハンマドやスルターンはマイソール大学の留学生だった。ムハンマドはガザ出身のパレスチナ人でスルターンはアンマン出身のヨルダン人だった。人数にするとヨルダン人の方が圧倒的に多かった。情勢を思えば当然のことだ。

ムハンマドと自己紹介をしあった時のことが忘れられない。彼はスペシャルエリア、ガザ出身です!と手を差し出しわたしたちは握手をした。

スルターンの結婚式のためにアンマンへ出向き、そこからエルサレムを目指したのがパレスチナの初めましてだった。

今思うとインドが繋いだパレスチナ。圧倒的な好きはどこからくるのだろうか?と自問する。あの落ち着く感じ。西の路面電車より東のアラブバス。逆の人も絶対いるはず。もしかしたら逆が落ち着く人の方が日本だと多いかもしれない。

インド滞在時の話に戻ると、ここで経験した忘れられない時間。

イスラム教徒たちと過ごすカオスなパーティー

このパーティーはわたしがマイソールから去るフェアウェルパーティーだった。ヨルダン人が23人、パレスチナ人が1人、イラク人が2人、インド人が1人、ロシア人が1人、日本人わたしを含め2人。主催はヨルダンチームだ。
アラブの男たちがお料理を作りもてなしてくれる。わたしともう一人の日本人、そしてインド人ロシア人の友人はムスリム(イスラム教徒)ではない。当然お酒はない・・・・はずだった。

会場の友人宅のバルコニーはいい感じに夕日が沈み茜色が広がって心なしかわたしもここで仲良くなった人たちと会えなくなる寂しさが湧いてきていた。

初めて見るようなアラブフードがテーブルに並び心浮き立つ。

ただいまー、買ってきたよー。

両手いっぱいに抱えたスーパーの袋。中には何本ものワインボトルに缶ビール!

じゃあ、乾杯しよう!

そして宴は始まった。お酒を飲む人の中に混じって談笑しているムハンマドはコーラを飲んでいた。

一人のヨルダン人の友人がわたしに言ったこと。

梓、いいかい?僕がお酒を飲んでいいか悪いかはかみさまが決めることなんだ。だから誰もジャッジしないんだよ。でもあとから僕はかみさまに謝るけどね。笑

ムハンマドは

梓、彼らがお酒を飲んでいることを咎めることはしないよ。僕が飲まないのは飲んだことがないからさ。

わたしの思っていたイスラム教徒像がいい感じに崩壊した。

一人のヨルダン人オマール(仮名)が音楽をかけた。ちょっと古いテクノ。夜も更け、お酒もまわりみんな普段から陽気な気質をより陽気にさせバルコニーで踊り出す。まるでクラブ。

そんな中、シラフのムハンマドはおもむろに畳一畳にも満たない絨毯をみんなが踊っているフロアの端っこの方に敷いて、ふーと息を吐くと膝をつき額をつきお祈りを始めた。

誰も何も気にしない。お祈りをしているムハンマドも。

梓、宗教はただのアイディアだよ。

お祈りのあとわたしにムハンマドは言った。ムハンマドはお祈りをしていたけどしない人を批判しなかったし、自分もしない日あるしね、とも言った。

こういう状況は海外にいるから起きることであって彼らの母国では難しい。みんな羽目を外したがるのはどの国の人も一緒かもしれない。(もちろん、そうじゃない人もたくさんいる!)そしてわたしの無意識的偏見が飛んだ滞在でもあった。ステレオタイプとか嫌!って思っていたわたしはステレオタイプじゃないの!なぜわたしはそう思っていたのか?本当はどうなっているのか?すぐに仲良くなれたのはなぜ?どうして?

中東に対してわたしの知りたい欲求の種が撒かれ、芽が出始めた。




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Azusa Suga

”国際系” note まとめ

This magazine curates notes relating to stuffs between globalness and localness.
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