黒頭巾ちゃんはおうちでピアノを弾いていました。
薄ぼんやりとした曇り空の日で、部屋の照明をつけないでいると、おうちの中はまるで霧がかかっているように薄暗いのでした。
黒頭巾ちゃんはそんな薄曇りの日の、薄暗いおうちの中が好きです。

黒頭巾ちゃんは、あちこち破れてしまった古いラヴェルの楽譜を取り出して、とてもゆっくりと「クープランの墓」のメヌエットを奏ではじめました。

黒頭巾ちゃんはいつのまにか、吸い込まれるような気持ちで弾いていました。

黒頭巾ちゃんは誰もいないところでだけ、静かにピアノを弾きます。もう二度と誰かのために弾くことはないからです。

それなのに。
ゆっくりと弾いていたら、黒頭巾ちゃんはふと、背後に、誰かの、何かの気配を感じました。

それは最初はとても微かで、しだいにはっきりとしてきました。

その気配は、黒頭巾ちゃんの弾くメヌエットに合わせて、静かに静かに、踊っているのでした。

（黒い神様かもしれない）

そう、黒頭巾ちゃんは思いました。

黒頭巾ちゃんは何度も繰り返し、止まらないで弾き続けました。このまま倒れてもいいと思いました。

（黒い神様。わたしはあなたを愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています）

黒頭巾ちゃんの背後で、静かな踊りは続けられました。
そして黒頭巾ちゃんはどうしても、振り向くことができませんでした。
黒頭巾ちゃんはぽたぽたと涙を流しながら、腕が動かなくなって椅子から転げ落ちてしまうまで、メヌエットを弾き続けていました。