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歴史・建築・本・旅など人文学系好きの30代 / 日々の読書や近代建築巡りについて書いて…

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歴史・建築・本・旅など人文学系好きの30代 / 日々の読書や近代建築巡りについて書いていきます / 思考をうまくアウトプットして、伝えたいです

最近の記事

スペイン巡礼の道を歩いた記録 -カミーノ・デ・サンティアゴ-

2016年、スペインの大地を500km徒歩で歩いた。サンティアゴ巡礼の道、現地の言葉ではカミーノ・デ・サンティアゴと言う。キリスト教徒にとっての聖地を目指し、フランスとスペインの国境、ピレネー山脈からはるばる800kmの工程を歩くのが、この巡礼の道だ。日本人にとっては四国のお遍路をイメージしてもらえばわかりやすいと思う。 動機はいろいろあって、フィリピンでの語学留学を終えた後だったので、いろんな人と出会える場所へ行った方が英語も使えると思った。 通常、旅の英会話というのはせ

    • 『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』を読んで-HSPについて-

      前回、HSPの事について書いてみた。今、注目のワードともいえるHSP(Highly Sensitive Person=とても繊細な人)。たくさんの人たちがnote上でも書いていて、検索すると多くの記事が上がってくる。それぞれが概念をまとめたり、HSPの視点から見える世界について書いているみたいだ。 私はこれまで、HSPという言葉が独り歩きしてみんなが好き勝手に書いているという印象を抱いていたので、この情報について触れることにためらっていた。そんな中、『鈍感な世界に生きる敏感

      • コロナの時代とHSPについて

        この前、コロナが日本で確認されてから丸二年がたったというニュースがやっていた。この生活も3年目に突入したということだ。今日は、この生活の中でずっと考えていた、HSPの事について書こうと思う。 3年前くらいから「繊細さん」や「HSP」という言葉をよく聞くようになった。HSPというのはHighly Sensitive Personの略で、「非常に感受性が強く敏感な気質もった人」という意味の言葉だ。具体的には音やにおいや光に過敏であったり、物事を深く考えたり、人の考えていることを

        • フィリピン留学のはなし②

          語学留学はダラダラやるもんじゃないな。 3ヵ月フィリピン留学を経験してそう感じた。「3ヵ月って短いね」「どうせなら半年から1年くらいは行った方が効果ありそうじゃない?」そういう事は帰国後によく言われたし、自分もはじめはそう思っていたんだけど、長ければいいと言うものでもない。語学の習得はゴールではないから、早く次のステップに進んだ方が良い。 はじめは何もかもが新鮮に映るけど、時間が経てば人間は慣れてしまう。良くも悪くも。月曜日になると先生に聞かれた。「週末は何してたの?」初

        スペイン巡礼の道を歩いた記録 -カミーノ・デ・サンティアゴ-

          フィリピン留学のリアルな話し①

          ちょうど5年前、2016年のGWは仕事を辞めて3ヵ月のフィリピン留学をしていた。 今は気軽に海外に行ける状況ではないけど、ステイホームの時間を英語学習に充てたり、コロナ後に語学留学を考えている人もいると思う。せっかくなので自分の体験談を綴ってみたい。 英語力アップの方法とか、どうしたらTOEICなどのテストの点数が伸びるかなどはたくさんの人が書いていると思うので、あくまで自分の体験と留学の内容について語ってみる。3ヵ月で変わるの?とか、英語力が上がる、とりわけ話せるように

          フィリピン留学のリアルな話し①

          太陽のモデルニスモ -バルセロナの建築たち②-

          サグラダファミリアが見られたら、あとはもうオマケだと思っていた。でもそれだけじゃなかった。去るのが名残り惜しいと思えるほどに、バルセロナは魅力あふれる街だった。 ガウディだけじゃないんだ。街のいたるところに面白い建築物はあって、ただ歩き回っているだけで1日が過ぎてしまう。写真はなんの建物かは分からないけど目立っていたから撮った。イスラム風のドームがどこかアレンジされたような不思議なかたち、物見やぐらのようだ。 真ん中の家はガウディ設計のカサ・バトリョ。ウロコ状の屋根が日差

          太陽のモデルニスモ -バルセロナの建築たち②-

          太陽のモデルニスモ −バルセロナの建築たち−

          バルセロナはずっと憧れの街だった。太陽と地中海と、なんといってもガウディ建築がある。 マドリッドからバスで7時間くらいだったろうか。毎日が晴天、6月の降り注ぐ日差しは一向に陰ることがない。日本のように湿度が無くてずっと快適だった。 バルセロナは首都マドリッドとは打って変わって清潔な街だった。家の軒先やベランダまで洒落ている、身だしなみというかね。こういう都市間の変化は旅を通じてしか味わえないし、バスや鉄道といった線の移動でこそ深く実感できるもの。同じ国でも、文化も風情も人

          太陽のモデルニスモ −バルセロナの建築たち−

          マドリッドで見た建築たち

          スペインの空は深く青かった、そのことを強く覚えている。 もう5年前になるけど、初めて行ったヨーロッパ旅行の事を思い出しながら書いてみる。 旅程はイベリア半島周遊とジブラルタルを超えてモロッコへ。宗教に興味があったので歴史的にカトリックとイスラムが覇権争いをしていたイベリア半島(スペインとポルトガル)には強い興味を持っていた。そして距離的には目と鼻の先にあるジブラルタル海峡を越えたアフリカ、モロッコにはどんな世界が広がっているのか、これも単純に見てみたかった。 さらに1カ月

          マドリッドで見た建築たち

          さよなら原宿駅

          JR原宿駅が3月20日にリニューアルした。原宿に行ったことがある人なら、木造のレトロな駅舎を知ってると思う。この駅は大正時代に建てられたもので、東京にある木造駅舎では一番古い。本日、役割を終えると共にすぐ隣に完成した新しい駅の利用がはじまった。旧駅は東京オリンピックが終わった後に取り壊される予定だ。まだ現役の内にこの駅の改札を降りて写真を撮って来た。 原宿駅 1924年この日は無人の原宿駅を撮ることができた。休日にもかかわらずコロナウイルスの流行で街には人がまばら。観光地や

          さよなら原宿駅

          東京駅は城の中にあった

          東京のど真ん中、丸の内はいつも華やかだ 丸の内のOL、ビジネスマン、都会の真ん中でバリバリ働くスーツ姿、そんなイメージが強い。 前回は、この場所に建てられたモダニズム建築に触れた。昭和の時代に入ると、そこにはもう今とは変わらない洗練された丸の内が出来上がっていたんだ。 では、ここがそんな都会の中心部になったのはいつからだろう? 上野~東京ツアー後半はそんな丸の内の歴史を歩きながら考えてみる。 三菱一号館 1894年(2010年復元) 丸の内の通りを歩くと、東京駅に似た

          東京駅は城の中にあった

          モダニズム建築ってなんだ?

          今回の建築巡りは上野~東京。湯島の岩崎邸のあとは、同じ敷地にある資料館にも足を運んでみた。 近現代建築資料館という施設で、岩崎邸の入場料(400円)を払えばセットで入ることができる。 『吉田鉄郎の近代 モダニズムと伝統の架け橋』 吉田鉄郎は今回見た企画展ではじめて知った。戦前の時代に郵便局などを数多く手がけた建築家だったそうだ。それにしてもタイトルにあるモダニズムとはいったいどんな時代だったのか、耳にする単語ではあるけれど、いまいちつかみどころが分からない表現だ。資料館

          モダニズム建築ってなんだ?

          湯島のお屋敷を訪ねる

          多くの観光客で賑わう上野公園、巨大な敷地の中にはたくさんの美術館や博物館が立ち並ぶ。この場所は建築博物館と呼ばれるほど、都内でも多くの文化施設が集まる場所だ。 公園の人混みに疲れたら、少し周辺を散策するのも良い。湯島の方に足を延ばせばだんだんと人もまばらになってきて、不忍池を眺めながら落ち着いて散歩ができるだろう。公園を西に抜けるとそこには一見、無機質なビルが立ち並んでいるだけのようだ。だけどそこで引き返すのはもったいない。なにせ、都内でも指折りの名建築はその奥にひっそりと

          湯島のお屋敷を訪ねる

          ジブリで学ぶ昭和の歴史

          何かをきっかけに知ってゆくというのは楽しく勉強をする一つの手だ。興味があることが書いてあれば苦手だと思ってたこともスッと入ってきたりする。苦手なものというのは自分からは遠いものだと考えやすい。だから自分が見たことがある景色と繋がったり、登場人物に親近感を抱けると知りたいと思うきっかけになる。 とはいえ分かりやすさと正確さ、どっちも押さえて解説することは簡単じゃない。先日読んだ『昭和戦争史講義 ジブリ作品から歴史を学ぶ』という本は、歴史学者がアニメ映画の巨匠、宮崎駿の作品と世

          ジブリで学ぶ昭和の歴史

          「日本軍兵士」著者の講演を聴く

          「その年、最高の一冊」として2019年に新書大賞を受賞した日本軍兵士という本が話題になった。新書で、しかもアジア・太平洋戦争において日本兵が置かれた過酷な現実について書かれた本が20万部ほど売り上げたというから驚きだ。 僕も、ずいぶん前にこの本を手に取って、noteに感じた事を書き留めた。 著者の吉田裕(よしだゆたか)さんは日本近代史の中でも軍事史を研究する第一人者。先日、大学を退官されるに当たっての最終公演に足を運んだ。 場所は一橋大学、兼松講堂。(実は有名な近代建築

          「日本軍兵士」著者の講演を聴く

          中欧をゆく 4

          オーストリアの首都、ウィーン中心部はリンクと呼ばれる環状型の道に沿って自動車とトラムが走っている。 名門貴族、ハプスブルク家ゆかりの豪勢なバロック宮殿、そして並び立つ歴史主義建築の数々は「これぞ、ザ!ヨーロッパ!!どや!」という露骨な主張があって、だんだんと疲れてきたというのがこの街を訪れた正直な印象。 ではそんな僕がなぜわざわざこの場所に来たかったかというと、それはクリムトなどを代表とするセセッションと呼ばれる芸術を見たかったのと、オットー・ワーグナーという建築家が手掛

          中欧をゆく 4

          中欧をゆく 3

          自分たちのアイデンティティを示すための建築、そう聞くとなんだか僕たち日本人には遠いことのように思える。 征服された民族が自分たちの誇りを保って生きていけるかどうか、そういった切実さを僕たちはどれほど想像できるか。 ヨーロッパには古来、大国のはざまに無数の小国が乱立しては地図上からその姿を消した。チェコという国もまたそういった苦難の歴史を乗り越え、生き残ってきた小国の一つだ。この国が持つ美しい文化はだれをも魅了するが、それを下支えするものは生命力溢れる民族アイデンティティな

          中欧をゆく 3