相反する自分の中の考え方

ふと、時間がある時とか、とても気が抜けた時に考えてしまうこと
前々から薄々感じていたけど、無意識に気付かないようにしてたこと

社会に出てからの人生設計

社会に出てからの日常とか、何に幸せを感じるだとか、どんな仕事をしているだとか、周りにどんな人がいてどんな環境なのかとか、日々何を考えながら暮らしているのか…
それは、ダイアグラム的なものじゃなくて一つ一つのシーンについて。

漠然に言うと、未来に対する不安や恐怖

繰り返しの日々が続いてて、気が付いたらオッサンになってるのかなぁ
自分の人生の目標は、何を目指しているんだろうか
こんな話題で他人と話すなら「自分が幸せになるため!」と言うだろうし、本心からそう思ってるけど、実際はその解像度はとてもとても低い。

今は大学院にいて、プロジェクトや研究を行なってるが、その先は社会にでる(予定)ので、順調にいけば2年後の未来のこと。
今は将来につながるような学習や研究をしているつもりでいるけど、明確な未来を想像できてないことを再確認した。変わり続けていても良いから、未来の解像度を高めることが必要だなと思った。

同時に、こんな考え方をしているのは、「自分って資本主義的な考え方やな」と思うし、それでありながら「不安や恐怖からそれをしたくない自分」という相反する自分にも気づいた。

特別忙しいことをしているわけでもないのに、いつも何か作業を抱えていたり、研究室に泊まりまくって一人になる時間をあまり設けないというのはそんな自分の内面からきてるんかなぁ

「だから、これからこうしよう!」という明確な決意はないけど、少しずつゆっくりと相反する自分を認めていって、丁寧に考えていきたい

あ、これも「毎日を丁寧に過ごす」ってことなんかな?

これを再確認したきっかけが、アニメ「干物妹!うまるちゃん」というのもとても僕らしい出来事でした

#内なる自分 #相反 #未来