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〜特別取材:今、人工芝グラウンドで起きていること〜

それはもう何度目の真夏日かという日差しが照りつけたある日の柏レイソルトップチーム公式取材日でのことだったー。  

日立柏サッカー場の練習場でトレーニングに興じるトップチームの選手たちのプレーに目をやっていると視界の片隅に飛び込んできたのはその100mほど先の人工芝グラウンドを延々と走り続ける柏レイソルUー18チームの選手たちの姿だった。

複数のグループに分かれた黄色のトレーニングウェアを着た柏Uー18の面々、そして黒のウェアのコーチたちはおそらく時間にして45分ほどだっただろうか、人工芝グラウンドを周回していた。

「あ、見ていましたか(笑)。あの日、走っていたのはUー18のBチーム。みんなよくがんばってくれていますよ」

そう笑うのはUー18チームを率いる藤田優人コーチ。藤田コーチは以前こんな話をしてくれた。

「自分がレイソルでプレーしていた頃、才能豊かなアカデミー昇格選手がトップチームにたくさんいた。みんなテクニックがあって、個性的で、良い選手たちだったけれど、フィジカル的にはまだ足りていなかった。1年目からの数年間を体作りに充てることになる様子を間近で見てきた。やっぱり、フィジカルは重要ですからね。プロになるタイミングで、すぐではなくてもある程度のフィジカルのレベルにあるようにできたらいいなって思うんです。体作りの期間を少しでも省略できたら、きっと違うよなって」

人工芝グラウンドを何周も周回していたその光景は以前の柏レイソルアカデミーが試行していた「ボールを支配して、攻撃的なサッカーを」というサイクルを経て、レイソルアカデミーが新たなサイクルを迎えていることを説明するには十分な象徴的なシーンだった。

ある時には自身の現役時代の古傷が痛んだが、選手たちと周回を続けたという藤田コーチは「正直言うと、田中隼人たちはもう1年鍛えたかったですね」と静かに笑い、その横でなんとも複雑な表情を浮かべた田中の姿を今でもよく覚えている。

藤田優人柏U-18コーチ(2022年撮影)

Uー18チームは今季も「高円宮杯プレミアリーグEAST(PL)」を主戦場に戦っている。ただでさえ数少ない3年生たちの負傷離脱もあり、リーグ開幕の春から中断に入る初夏を迎えるあたりまでは苦しんでいた。主力メンバーが揃い出した夏の「クラブユース選手権」の出場も逃してしまった。

私自身、全ての試合を取材できた訳ではないのだが、アカデミーとしての取り組みに好感触を得ていても、選手として重要な実戦経験を積む貴重な機会を逃してしまったように映ってはいた。

しかし、そんな夏を越えたPL中断明けの9月の市立船橋高校戦(3ー0で勝利)からは結果的にも内容的にも、チーム全体が醸し出すムードも、明らかに変わった。 この市立船橋高校戦の後には、昌平高校(1ー1)と青森山田高校(3ー5で勝利)、前橋育英高校(5ー0で勝利)といった「高体連列強シリーズ」といった具合の対戦スケジュールが控えていた。

「自分たちの方が試合を通じて動けることは分かっていたので、そこが上手くいった試合もあった。そのあとにも『今日は少し緩んだかな』という試合もありますし、戦術的に詳しくお話しできない部分も含めて自分が求めて過ぎた部分もあったのですが、みんなよくやってくれました。しっかりとした準備をして、試合を迎えることができれば、良い試合をしてくれるし、良い結果を掴んでくれる。そういうチームになりつつあるんです」

選手たちを見つめる指導者側はそう感じている。では、プレーする選手側の選手はどうなのだろうか。

夏に得られなかった経験を、PLで一気に獲得するような歩みを進めるUー18チームの選手たちにマイクを向けさせてもらった。

2023 柏U-18チームの面々

(2023年9月・日立柏サッカー場人工芝グラウンドにて取材収録・撮影)
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〜チームを見つめ直し、迎えた新局面で〜

後期、キャプテンを務めるMF池端翔夢は本来のMFではなく、左SBやCBでプレーしているのだが、指向する選術に変化はあれど、ボールに関わる際の一連の所作の中に「レイソルアカデミー」を感じさせてくれる選手の1人でもある。池端はまず、キャプテンとしてチームの現在の状況を「夏の『クラブユース』を逃して自分たちを一度見つめ直して今がある。PLの中位チームたちとの連戦で自分のやってきたことが出せている。チャンスがある以上は上位に行きたいです」と力強く語った。

レイソルらしい左CBとして活躍中の池端

かつての「ボールを支配〜」サイクルを体験した後に「藤田式」サイクルとも言おうか、現体制のスタイルの中でプレーする池端は約2年半前にUー18チームへ昇格したと同時に藤田コーチと出会っている。その意味において、言うなれば、「藤田式直撃世代」の代表格の選手。彼は「藤田式直撃」期から今の変遷の中でこんなことを感じていた。

「怪我をした選手もいて、DFラインにDFの選手がいないので、少し変な言い方になってしまいますが、失点をしても気にしないというか、『取り返すぞ』と切り替えられる。自分たちは現在南葛SCで指導されている芳賀敦コーチから、2年を掛けて徹底的にポゼッションを学んだ世代で、今から2年前に藤田さんが指導してくれるようになって、『サッカーが180度変わってしまった』と感じるくらいに面食らいましたが(笑)、藤田さんは『プロサッカー選手になるにはこのくらいのこと当たり前。必要なんだよ』ということを毎日教えてくれています。体作りや走力、戦い方の中で常に厳しさを求められますが、その中には常に明確な理由があって、それらは今の自分たちにとってすごく大きいことばかりですし、少しずつ自信にもなっています」

コンバートという新局面にいる池端からは自信を力に変えたチームの今のメンタリティをストレートに感じた。そして、このチームの背番号10を背負う攻撃的MF関富貫太も新しい局面を迎えている選手の1人だ。

関富は今、昨春に経験した「日本体育大学柏高等学校サッカー部からレイソルアカデミーへの転籍」という局面に続く新たな局面にいる。関富は右サイドMFから左SBへのコンバートにチャレンジしているのだ。

「この夏に『パワーワークカップ』という大会へ出場して、その大会から左SBでの起用が始まりました。自分は攻撃の選手ですから、チームが攻撃へ移った時に『どんなポジションを取って、どんなビルドアップをしようか』と考えながらプレーしていますし、左SBではありますけど、常に外からプレーを始めるのではなく、中盤に顔出して、ボールを受けて、ドリブルを仕掛けてみたり、パスを出してみたりとチャレンジをしています。動きの緩急を使って、スペースを取って、『ゼロからビッグチャンスを作り出す』のは自分のストロングですから、そんなイメージを持ちながら新しいポジションでプレーしているところです」

本来のポジションは右サイドMF。繊細なタッチが印象的な左足でボールを扱い、チャンスメイクをしていく選手。その独特な間合いとリズム、アイデアには光るものがあり、実は体格的にも非凡というスペックを持つ関富は今は左SBからそのスペックを発揮しようとチャレンジを繰り返す。このコンバートを決めた藤田コーチのプランの中には「良いものを持っている選手。だから、『いつか』ではなくて、将来のために、今この時期に守備について経験しておくべき」との思いがあるという。関富も「色々なポジションでプレーできるのは今後に繋がるはずですし、選手を起用する監督にとっても使いやすいと思います」と語り、今を真っ直ぐ捉えている。

「右SBを務めている大木海世選手はFWから。MFの池端選手もCBになって、自分も含めて同じのような状況にありましたが、大会へ臨む時には、『無失点・優勝』という目標を立てて、達成することができた。みんなでよくコミュニケーションを取って対応ができた感触がありました。守備だけでなく、その頃からチームとして攻撃面のコンセプトは『個から戦術を作り出そう』というものになったのもあります。そこをチームが強く意識した結果、フィットしてきた。藤田さんからも『攻撃は好きにやるように』と言われているので、任された責任を果たしたいです。前期の自分たちはポジショニングにとらわれ過ぎていた。今は柔軟に戦えていると感じています」

関富の存在は「『個』から戦術を」の象徴

このコンバートの結果、右MFでプレーする際よりもボールタッチが増え、アイデアも豊かになっている印象がある。マイボールとなれば、MFとして振る舞い、ハーフスペースから迷いなく左足を振ってみせる。まだ守備面では苦労をする場面もあるのだが、数試合を見る限り、DFとしての「大事故」は起きていない。前橋育英高校戦で足を痛めてしまったこと以外は上手くいっている。

見た限り、11あるポジションの約半数のポジションがコンバートというチーム。この2人に限らず、多くのコンバート組はそれぞれの今を過ごしながら、直近の結果だけを見つめれば、その機会をものにしつつある。

そのあたりの成果に対しては「みんなチャレンジする中で良さが出せていますし、新しい一面を見つけられているから、正直言えば、もう少し早く経験させてあげてもよかったくらい」と新任の染谷悠太コーチもあの優しい目尻を下げていた。また、選手それぞれの未開発な能力を刺激する取り組みでもあり、近い将来を見据えたアプローチとしてもポジティヴに進んでいるように映っている。

〜また別のチャレンジと実体験〜


このチーム内にある「チャレンジ」はポジションのコンバートだけではない。

190cmを超える身長が武器のFW近野伸大は早くから藤田コーチの目に留まっていた選手の1人。高さを活かしたプレーやチームの顔役的存在で、以前は少し「やんちゃ」な一面がのぞいていたが、今はどこかちょうど良い。そして、やはり、ひと際目立つ高さが武器の点取屋。厳しいマークに晒されながらも、辛抱強く戦術を遂行して、クロスやCKで存在感を発揮。ゴールチャンスをものにして貢献している。

「体格については両親に感謝しています。CKで存在感を出すことやサイドからクロスからの形というのは毎日取り組んでいます。練習でできたことが試合でも出せるようになったのは、藤田さんという自分の中の最高の指導者に出会えたことが大きいと思います。自分にとっては一番尊敬している人でもあります。2年前から体作りのアドバイスをくれていましたし、自分のメンタルを察して、前を向けるようなサポートをしてくれたことに感謝しています。悔し泣きをしていた試合の後も勇気付けてくれるメッセージをくれたり、絶対にチームの中の誰もを見てくれている」

近野の長所は「とにかく目立つ」その姿

近野にとってのチャレンジとなるのは「ターゲットマンとしての貢献」と「フィジカルという個性を活かしたゴールの追求」か。

だが、この夏にはある経験から大きな壁に直面していたという。

「トップチームに練習参加させてもらうことができたのですが、すごくビックリしました。プレースピードがすごく速くて…その中でも『止める・蹴る』が正確で、特にドウグラス選手なんて上手過ぎて衝撃を受けました。試合の中の強度も全く違う。フィジカルは部分的には通用したところがあったとは思いますが、全体的にプロのレベルではありませんでした。自分にとって、『止める・蹴る』と『フィジカル』は課題だと痛感していました。トップチームからは収穫より課題を持ち帰って来た感じでした」

膝をつき、打ちのめされた訳ではないが、近野にとってはとても大きな実体験だったという。近野は人工芝グラウンドへ持ち帰って来た課題と向き合いながら、アカデミー生活の残りの数ヶ月の中ですべきことをこう語る。

「まずはPLの中で2桁ゴールを決めて、チームを上位に押し上げたいです。自分はチームの副キャプテンでもあるので、後輩たちにこのでっかい背中を見せて、チームを引っ張ることができたらいいです。『オレだオレだ』ってところを出し過ぎてしまうと、どうしても粗いプレーからカードをもらったり、チームに迷惑をかけてしまうので、試合中の振る舞いも含めてコントロールするように心掛けでいるんです」

以前よりピッチ上の振る舞いは素晴らしかった。ある試合の前には「フィジカルで!」と力強く宣言して、その後に高打点のヘディングを沈めてみせた。力を付けた自信もあるのだろう、チームへの自信も上積みしているのだろう。選手として、また、1人の若者として、伸び盛りのビッグマンがチームをどこまで引き上げるかに注目している。

人懐っこさもこの3年生コンビの良いところ

〜この先を担う、また新たな「チャレンジャー」たち〜


池端と関富、そして、近野。彼ら3年生の意志を継ぐものたちも個性豊か。そんな面々が台頭してきている事実はアカデミーの未来を明るく照らす。

近野と共にPLゴールランキングに名を連ねるFW戸田昌斗と右サイドMFの黒沢偲道はこのチームのエンジンだ。共に数いる下級生選手たちの中でも代表的な存在であり、戦術的忠誠心の高いハードワーカー。

戸田の良さはゴール前へ飛び込む迫力と覚悟

アイデアが豊富で強気の仕掛けとゴールを生み出す仕事に長けたアタッカーの戸田は実際のプレーからも、またその話ぶりからも「自分のことをよく知っている選手」という印象を受ける。

「自分はチームの攻撃の中心だと思ってプレーしています。藤田さんからは『攻撃は自由に』と言ってもらえていますし、自分から攻撃をスタートする機会も増やせていることは良いこと。縦に横に動き回って、ゴールに絡んでいきたいです。自分が中で一度中央でボールを受けて、ドリブルで仕掛けられる選手がいるサイドを活かすような駆け引きが上手くいっています。夏には苦しかったけど、良い練習ができて、それが自分たちの今に繋がっていると思います。残り試合のすべてに勝つつもりで戦っていきたいです」

戸田よりもやや右後方からプレーする場面で最も能力を発揮するスプリンター型の黒沢。右サイドMFというポジション柄、サイドの広域をカバーする仕事を担っているが、ルックアップの姿勢もよく、顔色ひとつ変えず黙々と上下動を繰り返すことが最大の特長だ。

「自分は攻撃でも守備でもハードワークを求められています。自分はチームの中でも『走れる』タイプの選手だと見られている自覚があるので、人一倍走ることや体を張っていくことでチームに貢献していきたいです。FWにボールをキープできる選手と動きの質が高い選手がいますから、2人を起点に良い攻撃ができていて、ゴールも取れています。もっとクロスやパスでチャンスメイクをしたいです」

黒沢の武器は優れた心肺機能と戦術眼

3年生が少ないチーム編成で船出をした以上、下級生たちの台頭が鍵を握るのは当然のこと。そのタスクをしっかりとこなしているこの新たなるチャレンジャーたちの存在もまた光明である。

ただ、そんな存在は決して珍しいことではないし、特別でもない。過去には秋野央樹(長崎)や中村航輔(ポルティモネンセ)、中谷進之介(名古屋)も中山雄太(ハダースフィールド)も、古賀太陽も伊藤達哉(マルデブルク)も、今をときめく細谷真大や山田雄士も、いわゆる育成年代での「飛び級」という環境の中で経験を積み、今を切り開いてきた。「ここから」なのだ。

彼らに共通しているのは、こちらが「良いプレーだった」と語り掛けたとて、少しの感謝を示しても、ふた言目には次を見据えて自身の課題に向き合う謙虚さがそれぞれの今を作っている。彼らのように、今に留まることなく、成長を続けて欲しい。柏レイソルを強くして欲しい。

この記事がこのようなボリュームになってしまうくらい、現在の人工芝グラウンドにも過去と同じく常に新たな発見が詰まっていることに感動を覚えながら、丁寧に帰り支度をしていた藤田コーチにマイクを向けさせてもらった。

過去には「ボールを支配して、攻撃的なサッカーを」というキーワードがあり、数多クリエイティヴな選手たちを輩出してきた。では、新たなサイクルにあるレイソルアカデミーの中に芽生えた新たなキーワードとは?そんな質問を最後に藤田コーチへ投げかけた。

「強いて言えば、『たくましく』がキーワード。PLを戦うAチームにはチャレンジできる選手たちがいる。練習から試合の中でチャレンジができているか。我々指導者としてはそのチャレンジが成功したのか、上手くいかなかったかを見ているし、どんな結果になっても、その姿勢をたくましく表してくれることが何より大事だと思っているので、もっと機会を与えてあげたいですね」

「今、人工芝グラウンドで起きていること」ー。

それは「チャレンジ」ー。

10/9のPLは向こうに見えるスタジアム決戦

コンセプトよりもイズムを感じるが、戦い方・勝ち方は実にモダンという興味深い戦いを続ける育成年代の彼らのシーズンも残りわずか。すでに私の中に去来している「もう少ししっかり足を運ぶべきだった」という後悔をさらに掻き立てる素晴らしいフィニッシュを期待している。

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