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日記帳に殴り書きして、自分にため息をついていた去年のわたしへ。

今年はね、「自分」のことをよくよく考えた年だったんじゃないかなって思ってるの。

好きなことはなんだろう。
やりたいことはなんだろう。
楽しいことはなんだろう。
しんどいことはなんだろう。

ひたすら日記帳に殴り書きしては、なんにも進めない自分にため息をついていた去年のわたしへ。今年のわたしからのお手紙とご報告です。

今ね、実はあちこちで「本がすき」って公言してるの。信じられる?今までだったら言うことすら恥ずかしかったよね。自分が思うことを外に出すなんて恥の極みだと思ってたもん。自分の気持ちとか、希望とか、願いとかそういうものを知られることは弱みを握られることだって、ずっとよくわからない何かと戦ってた気がする。

だけど、ずいぶん変わったね。

ちょうど今くらいの時期にTwitterからお仕事をいただけることもあるって知って、じゃあちゃんと名前をつけてみようかと向き合い始めたような記憶がある。いわゆる「発信する」というやつです。

始めたてのときは半信半疑だし、全てに照れがあったでしょう。今はね、やっと結構慣れてきたとこ。もうちょっとたくさんつぶやいた方がいいとは思ってるから、これは来年のわたしにお願いすることにしちゃった。

今では気軽にいいねをしたりリプを飛ばしたりできるようになった人のこと、去年のわたしはそのほとんどを知らないんだと思うと、もうあなたとは会話が噛み合わないと思うくらいよ。素敵な人がたくさんいます、ほんとに。

あんなに、ネット上で会った人とオフラインで会いたくないなんて言ってたのに、なんて言われそう。

それからね、noteを使って自分だけの気持ちを書いたり、それこそド直球に弱音を書いたりすることで、随分文章を人に見せることに抵抗がなくなりました。(実は最近ちょっとだけサボり気味なの。許してね。)

SNSに良い思い出なんて全然ないし、一生アナログで生きていきたいってあんなに強く思ってたのに、随分と変わったでしょう。

でも、その変化のどれもがわたしは良いことだと思ってます。今年のわたしがしたどの選択も間違ってなかったよ、えらいって褒めてほしい。

要領もよくないし、猪突猛進すぎてすぐに息を切らして迷惑をかけてしまうこともたくさんあったけど、それでも今のフリーランスという働き方は自分が思っていたよりも合ってるみたい。不安に思う気持ちがあるのはわかるけど、無理やりよくわからない会社に入ってみなくていいからね。

きっとね、来年のわたしはもっといろんなことが起きると思うんだ。変化に疲れちゃいそうな気もするけど、でもきっと楽しいと思う。

それに、多分だけど、やりたいなあって日記にぽつぽつ書いてたことも少しずつだけど叶うと思う。自分の居場所って思える場所も、仕事もそうだし、おうち的な意味でも作れるんじゃないかなあ。これはただの希望なんだけどね。

去年さ、勇気を持って飛び出してみてくれてありがとう。楽しかったし、楽ちんだけど、たくさん苦しかったもんね。今年もすごくすごく苦しかったし、たくさん泣いたけど、でもあのころと比べて随分と息が上手に吸えるようになりました。

去年の終わりに“今年のわたしは「転」だから、2018年のわたしは「進」で合ってほしい”ってnoteに書いてたけど、わたしがさっき思いついた漢字は残念ながら「進」じゃありませんでした。

「向」にしました。

自分と向き合うことをちゃんとしたからです。

なあなあで、なんていたらすぐにほっぽり出されちゃうんだよ。向き合うことが怖くて嫌いで思考深度を深くすることを意図的に避けていたよね。それではいけないなときちんと向かい合うようにしました。まだ、全然出来ていないんだけどね。来年はもっともっと思考するってことを意識すべきだなあと思っているのだけど。

どうかな?いや?

でもこんなこと絶対考えついてないだろうから、わたしとしては大大大成功です。ふふん。

きっと来年のわたしも、今のわたしが思いもよらないようなことを当てはめてくるんだろうな。楽しみ。

去年、は振り返るけど一昨年までは振り返らないから、明日になったらさよならだよ。でも、たくさんたくさんありがとうね。

2018.12.31のわたしより

もっともっと新しい世界を知るために本を買いたいなあと思ってます。