これもきっと春のせい

狭い車内。
電車の中で読むための本を忘れてきてしまったわたしは何をするでもなくぼーっとしていた。地下鉄だから景色を楽しむこともできない。仕方なく目の前に座っているおじさんのちょっとふくよかなお腹をなんとなしに眺めて、ふと下を見ると小さなてんとう虫が歩いていた。

うわあ、嫌だな…。
虫は大の苦手。大きなものはもちろん、飛ぶものは小さくてもこわい。どうしてそんなにとも思うのだけど、とにかく嫌なものはいやだ。

だからてんとう虫を見つけてしまったときも単純に嫌だな、と思った。こっちに来たらいやだな。虫が出るなんてもう春なんだなあ。
こわいなら見なければいいのだけど、こちら側に来たらいやだという気持ちが優ってつい行方を目で追ってしまう。

てんとう虫は結構な揺れがあるはずなのに、全く動ぜずちょこまかと歩き回っている。近くを行ったり来たりしているので目が離せずしばらく眺めていたら、そのうち遠くへ一直線に進み始めた。

ほっと一安心して、だけどやっぱりちょっとだけ気になって見ていると、電車が次の駅に着いた。ドアが開いて、そしてそのまま乗車する人の靴にぱちん、と押し潰された。小さな小さなてんとう虫だからきっと踏んだという感触もなかっただろう。その人はそのまま空いてる席に座って、あとから乗り込んでくる人も足元にてんとう虫の死骸があるだなんて多分、誰一人気がついていなかった。


虫は嫌い。蚊だって容赦なく潰すし、部屋の中に入ってきた虫はいつも誰かに退治してもらっていた。だけど、なんとなく目で追ってたてんとう虫の命が確かに終わる瞬間を目の当たりにしてしまって、胸がぎゅうと鳴った。


心の中でそっと黙祷して電車を出る。 

冬ごもりの虫も出てくる春。これもきっと春のせい。

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もっともっと新しい世界を知るために本を買いたいなあと思ってます。

わたしもあなたのことがすきです。
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ひとりごと

コメント1件

芽吹く生命もあればそれ故にしぬ生命もあるって思うと、春の訪れって、戦闘開始みたいなとこあるなぁ、と、読んで思いました。
桜きれいだなーと和める側の幸せ…!
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