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人見知りはハタチまで

座右の銘は?と聞かれて即答できる人がどれだけいるんだろうか。

本を読んだり、人と話していて感銘を受けたり、背中を押された言葉ってたくさんある。毎日何かしらのかたちでたくさんの言葉に触れるなかで、この言葉を胸に抱いて生きていると自信を持って言えることは相当かっこいいことだなあと思う。

わたし自身、いいなあと書き留めた言葉はいくつもあるけどぱっと答えることはちょっとできない。だけど、言われたなかでもっとも衝撃的だった言葉ははっきりと答えられる。

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もう随分前のこと。アルバイトをしていたころ。

バイト先の友好関係はそこそこで、歓送迎会はもちろんバイト終わりにみんなでよく飲みに行ったりもしていた。らしい。

あの頃わたしは今よりもっとずっと趣味の世界に生きていて、つまりそれ以外につぎ込むお金もなければ、趣味の関係以外で人間関係を築くだけの必要性も積極性もわかってなくて、全ての飲み会の誘いを断っていた。

バイトの仲間たちも知ってくれている子は察して誘わずにいてくれたけど、そうでない子達には説明したりそこから会話を広げることがめんどくさくて「人見知りだから」という言葉で断っていた。

これは実際には7割くらいは事実だった。だって知らない人と急に「いえーい」って盛り上がったりなんてはずかしくてできない。急に真面目な話ができるほど心の壁は薄くない。じゃあ距離感はどうすれば???と思って、大人数の飲み会がとてもとても苦手だった。

そんなときに「人見知りだから」という言葉はとても便利だった。だけど、そんなふうに断ったある日、年下の、だけど元気一杯で少し生意気な女の子に「ハタチ過ぎて人見知りって甘えじゃん」って言われてしまった。「大人になったらしんどくても社交的に振舞わなきゃいけないときだってあるじゃん」「それを人見知りって言葉のせいにして逃げちゃだめじゃん」

………うを…言うなあ…。いきなりパンチを顔面で受けてしまった気分だった。

今になって思えば(バイト先の飲み会は心から大したことのないイベントだけど)ほんとうに、単純に、知らない人と新しく交流を持つことが面倒臭くて断っていただけだったのだなあと気づく。

そこから広がるかもしれない何かよりも、自分の面倒臭いが勝っていたがゆえの「人見知り」でしかなかったので、それは友達が言う、まさに「甘え」以外の何者でもなかった。

それを言われてから10割断っていたお誘いのうち1割くらいはお受けするようになって、徐々に苦手意識も薄まっていった。

そのあとはいろんなタイプの飲み会にもあれこれ顔を出してみたから、今はちゃんと自分の「楽しそう」の直感を信じて参加したりしなかったりを決めている。

しっかり会社員をしていたときは「行きたくない」じゃ許されない飲み会や、大人数の集まりがあったりしたけどそのたびに「甘えんな」と自分を鼓舞してがんばってにこにこして、結果的に楽しく終えられたこともあった。

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その子に言われなかったら何も考えずにもっと狭く世界のなかで生きてたのかなとちょこっとだけ思う。

座右の銘だとは思ってないけど、たまににょきにょき出てくる私の面倒臭がり屋を「ハタチ過ぎて人見知りは甘え」という言葉に撃退してもらってるときが何度もあったし、これからもきっとあるんだろうなあ。

もっともっと新しい世界を知るために本を買いたいなあと思ってます。