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台湾人作家 李琴峰#03 日本語で紡ぐ世界、言語の可能性を押し広げる

「五つ数えれば三日月が」で第161回芥川賞候補になった李琴峰(り・ことみ)さんについての記事です。(全4回)

第1回はこちらからどうぞ。
第2回はこちらからどうぞ。

#03

非母語で書く時の恐怖

李琴峰は自分が言語修得する臨界期の約12~13歳を超えてから日本語を習い始めたため、どんなに頑張っても日本語が母語になることはありえない、いつまでも日本語の非母語話者なのだ。李のエッセイ〈日本語籍を取得した日〉で筆者が思わず大きくうなずく段落があった。

非母語話者であることは、「あなたの日本語はおかしい、不自然だ」と指摘される恐怖に絶えず晒され続けることだ。非母語話者自身も、自分の言語感覚にはなかなか全幅の信頼を置けないものである。
――〈日本語籍を取得した日〉、nippon.com掲載

そして、李が非母語の日本語で書く時は常に自分の言葉を疑うようだ。中国語と比較して使い、少しでも迷いがあれば、すぐにインターネットなどで調べ、それを繰り返す。大半には自信があるが、助詞とか細かいことばに気を付けているという。

母語と非母語の感覚を李はこう例えた。

「『独り舞』は日本語で書いた小説だが、自分の言語感覚を100%信頼できないという難しさがあります。ことばというのは手触りと温度みたいなものがあって、母語の場合、このことばはちょっと触ってみると、大体摂氏2度ぐらいかな?同じ意味の違うことばを触ってみると、大体摂氏4度ぐらいかな?この場合は2度のことばが必要だから、2度のことばを使おうとなります。これは母語ではできますが、母語ではない日本語では難しくて、そこで苦労しました」。

李は「独舞」で受賞の時、既に非母語話者の中で上の方だが、やはり後になって読んでみると、おかしいと思うことはあるという。それは非母語話者だからこそ書き間違ったのではなく、文学的な表現としてまだ洗練が足りないという、現在の日本語は上達したとも感じたようだ。

「著者自訳」で中国語版も出版

2019年2月、『独り舞』は日本語と中国語の出版において、初めて「著者自訳」で中国語版を出版した作品になった。筆者が中国語版を読んだ感想、繊細で綺麗な文章はそのまま、言葉遣いもごく自然で、すこしも翻訳文学と感じない良い翻訳だった。

それぞれの言語の読者に分かりやすいように寄り添ってあげる、読者思いの著者だと感じた。

李が自ら翻訳することになるのはあっさりと決めたようだ。一応台湾の編集者から翻訳者をどうするかの打診があると同時に、「李さんは中国語もできるので、自分で訳せますよね?」と、とんとん拍子で決まった。

もともと翻訳者でもある李に自分の作品と他人の作品を翻訳する時の違いを伺った時、彼女はこう答えた。

「自分の作品を翻訳する時、自然に言葉も出てくるし、自由度が高いです。自分の作品なので、いかようにもなります」。

自由度が高いからこそ、書き加えたり、その言語に合わせて修正したりも行い、色々と気を付けているという。今後、作家業で忙しくなったとしても、自分で自分の作品を翻訳したい李だが、「他人に翻訳を任せる必要はない。でも、他の人が翻訳した私の作品を読んでみたい気持ちもある」と李は語る。

バイリンガル作家の活躍

作家デビュー後の李は思わぬスピードで活躍を見せた。

もとから使っているツイッターとFacebookの更新が増えたほか、個人サイトを立ち上げた。中国語と日本語両方で切り替えられるもので、誰にでもすぐ見られるように自分の経歴と発表した作品を常に更新している。

小説、エッセイ、書評、コラム、詩、日本と台湾のWEB媒体をメインに多く発表している。題材は政治やLGBTなどと幅が広い。同じものを日本語と中国語両方で発表することも多々ある。

ここnoteでもアカウント(@li_kotomi)を持ち、自ら創作した文学作品を投稿し、一部小説の有料販売も行っている。noteは横書きのみだが、購入者には縦書きにしたPDFがダウンロードできるようになっている。これも読者への優しさだと、筆者は捉えた。

関連リンクをまとめてみた。
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note

次回は作家デビューした李琴峰が進んだ次の一歩の話である。

第4回・最終回へつづく)
(文中敬称略)

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<このnoteの説明>
令和初の芥川賞(第161回)がいよいよ7月17日(水)の発表になります。
今回「五つ数えれば三日月が」(『文学界』2019年6月号掲載、100枚)で初めて候補に挙がった台湾出身の作家―-李琴峰(り・ことみ)さんがいます。李さんのことを知って頂きたく、2019年5月までの講演や取材に基づいた記事をこちらのnoteでお届けしています。全4回です。

※当記事は筆者が(株)宣伝会議で受講した「編集・ライター養成講座 総合コース」の卒業制作を修正加筆したものになります。本文では敬称を略いたします。

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