獨舞

台湾人作家 李琴峰#01 日本語で紡ぐ世界、言語の可能性を押し広げる

「五つ数えれば三日月が」で第161回芥川賞候補になった李琴峰(り・ことみ)さんについての記事です。(全4回)

#01

電話口で聞いた「作家デビュー」?

2017年の春、「おめでとう、これでデビューしましたね」と電話口で編集者のことばに李琴峰(り・ことみ)は喜びを感じたのと同時に戸惑いがあった。

「独舞(どくぶ)」で第六十回「群像新人文学賞」優秀作を受賞したお知らせの電話だったが、台湾出身で、日本に来てたった6年の彼女にとって、“文学賞受賞=作家デビュー”の日本文壇事情にはまだ知らなかった。それもそのはず、台湾では、一回の受賞で作家デビューに繋ぐことはほぼないに等しい。それに彼女がこの文学賞に応募したのも偶然、初めて日本語で書いた小説の文字数と書き上げた時期がたまたま「群像新人文学賞」とマッチングし、応募しただけだった。

この年、2016篇の応募作品から新人文学賞の当選作はなく、優秀作二作のみ選出され、そのうちの一篇が李の「独舞」だった。日常的に文学雑誌を確認しない筆者が最初に彼女の受賞を聞いたのは、台湾籍を持つ日本在住作家の温又柔(おん・ゆうじゅう)がトークイベントで言及したからだ。

若手の台湾人作家が日本の文学賞を受賞した!

居ても立ってもいられなくなり、イベント後は本屋へ直行し、受賞作が掲載された『群像』(2017年6月号)を入手した。外国人が日本語で小説を書く同じ台湾出身者として、そして同じ日本語の使い手として、筆者は李琴峰という台湾人作家を気にするようになった。

「死ぬ」から始まったレズビアン小説

のちに改題して単行本『独り舞(ひとりまい)』になった李琴峰のデビュー作「独舞」の冒頭はこう綴った。

死ぬ。
死ぬこと。
高層オフィスビルの二十三階で、ガラス張りの窓越しに色とりどりのネオンライトが点滅する街を俯瞰しながら、彼女はこの言葉を何度も玩味した。
良い響きだ。風の囁きよりもやさしく、夢の絨毯よりも柔らかい。
死ぬこと。消えること。いなくなること。存在が消滅した結果。生の対極。

ーー「群像」2017年6月号より引用、単行本は著者の加筆修正あり。

2016年4月に日本で就職した李はある日、満員電車の中で「死ぬ」という日本語が突如頭に浮かんだ。「死ぬ」は唯一「ぬ」で終わる日本語の動詞であることに、李は面白く感じた。

「ぬ」が「沼」「ぬるっと」など、暗くて湿ったイメージに繋がり、何回も繰り返し玩味していた。そのうち、これを冒頭に小説を書けるかもしれないと思った李は素早くスマートフォンに言葉をメモした。

小説の内容は後日考えることになったが、日本語で浮かんだ言葉を掴むことで、李の日本語による創作が始まった。もしその時に出てきた言葉が日本語ではなく、中国語だったら、「独舞」は中国語小説になったでしょうか。

「どっぷり日本語の環境の中にいたので、中国語で出てきたことはあまり想像できません。実際それが日本語で出てきました。仮に中国語で出てきたとしても、この小説になったかどうかは分かりません」と李琴峰は語る。

「群像新人文学賞」の選考委員で、日本語とドイツ語のダブル言語で創作する作家多和田葉子(たわだ・ようこ)が「独舞」についての選評をこう綴った。

この小説の魅力は文字にある。リービ英雄さんや楊逸さんや横山悠太さんは、中国語と日本語の間の風通りをよくすることで、日本語における漢字とかなの関係が固定したものでないことを示してくれたが、『独舞』はその伝統を継いでいる。
(中略)
日本語とはこういうものだという思い込みを崩していける人ならば、小説という肩こりもほぐすことができるのではないかと期待している。

――「群像」2017年6月号、227頁

もう一人の選評委員野崎歓(のざき・かん)もこう語った。

文学の伝統を己が血肉を化し、さらには文化や言語の壁を越え出ることによって培われた体力が、作品をしっかりと支えている(中略)随所に散見する日本語の不器用さ、不自然さについては、どの委員もむしろポジティヴにとらえておられたように思う。日本語が日本で生まれた人間だけのものではないという事実を雄弁に訴えかけてくれる例としても、この作品には非常な貴重さがある。

――「群像」2017年6月号、231頁

所々不自然がありながらも、日本語で創作することにはプラスで評価された。日本語文学に関心を持つ1人の日本語学習者として、筆者はひそかに期待を寄せた。冒頭から「死」を語る小説は珍しくないが、読み続けると、「独舞」がレズビアンを主人公とした物語だと分かってきた。

台湾人が日本語を駆使して書いた小説、題材はLGBT、受賞者の略歴では「台湾人。1989年台湾生まれ。23歳来日。27歳。早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了。会社員兼日中翻訳者」。

李琴峰、り・ことみ、リーチンフェン、どんな人だろう、受賞作掲載号で微笑んでいる李の写真を見ながら私は思った。

彼女の話を聞く機会がすぐにやってきた。

第2回へつづく)
(文中敬称略)
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<このnoteの説明>
令和初の芥川賞(第161回)がいよいよ7月17日(水)の発表になります。
今回「五つ数えれば三日月が」(『文学界』2019年6月号掲載、100枚)で初めて候補に挙がった台湾出身の作家―-李琴峰(り・ことみ)さんがいます。李さんのことを知って頂きたく、2019年5月までの講演や取材に基づいた記事をこちらのnoteでお届けしています。全4回です。

※当記事は筆者が(株)宣伝会議で受講した「編集・ライター養成講座 総合コース」の卒業制作を修正加筆したものになります。本文では敬称を略いたします。

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