『そこのみにて光輝く』

やっと映画『そこのみにて光輝く』を見た。

久しぶりに邦画を見て心が震えた。「映画ってこういうことなんです。」と言って、何の関係者でもないのにチラシを配って歩きたくなった。撮影・録音・脚本・照明・美術・音楽は誰がやっているのかエンドロールで確認後、ホームページを見て調べた。このカットはどこから照明あててるのか、この音マイクどこに置いて拾ってのか、知りたくなった。サントラを買いたくなった。つまりはその、映画を撮りたくなった。

海岸を歩いていると、サンダルと足の間に入ってくる砂の感触、行ったこともない函館の暑いのに冷たい夏の気候、吸いたくもないのに口にしてしまうタバコの味、その男の皮膚の温度と臭い、細かい演出によってスクリーンに立ち上ってくるものたちを上映中噛み締め続けられる喜び。

呉美保監督は、見ているものに、登場人物の誰にも容易く感情移入させない。しかし、その視点は彼らを突き放すわけでも見下ろすわけでもなく、そっと寄り添っている。呉監督の作品全てに私はその視点を感じる。そして、私たちは誰に感情移入するわけでもないのに、いつのまにか画面に映る彼らの幸せを願っている。映画に、そういう希望を入れ込む監督だと私は思う。

あと、特筆すべきは、役者の演技であろう。役者は身体である。自分がもつ身体でもって体現するのである。制作陣と共に自分の身体を加工、演出しつくりあげる。傷んだ髪、汚い歯、肉付きのいい女の背中、肉体労働者の尻、全てのディテールをしょい込み、そのフォルムを使ってどう足し引きで演技をしていくのか。全てを把握しているからこそ、できる演技がそこにあったと思う。

私は、深夜、映画を見終わったあと、「やらなきゃいけないこといっぱいあるのに〜。」と思いながら、この映画について調べ、この文章を書いている。そういうものに出会えている幸せ。ああ、興奮した!!

追加として、映画のHPにあるスタッフ紹介を読むと、また元気が出てくる。主要制作陣が、1970年代生まれの少し私たちの先を走る先輩で作られているところもそうだが、企画・製作の菅原和博とは何者?!ロック喫茶を開業したあと、自主上映グループつくって、コーヒー喫茶開いて、熊切監督で函館発の映画を企画・製作、大ヒット後、この映画って!!1956年生まれ。かっこよすぎでしょ。


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