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人事部長(上司)との1on1について

「ヨコシマさん」

「はい、なんでしょう?」

「1on1をやりましょう。今から行けるかしら?」

昼休みが終わり、座席に戻って仕事に取り掛かろうとしたとき、おもむろに上司のFさん(部長・50代女性)に呼び止められた。

Fさんから声をかけられるとき、私はいつも身構えてしまう。

彼女の指示はいつも突然降ってきて、そしていつも要求がとても厳しい。

独特のふわっとした語り口で、膨大な作業量が必要だったり、他部署との厳しい折衝が求められる仕事が言い渡されるのだ。

しかも、年度末の2月はとにかく忙しい。
新年度に向けて会社の体制が切り替わり、人事異動が大量に発生するため、膨大な量の実務を捌かねばならないからだ。

一分一秒だって惜しい中で、また嫌な仕事が降ってくるのか…と戦々恐々としたが、Fさんから言い渡されたのは「1on1をやろう」のひとことだけ。少し拍子抜けした。

だけど、Fさんと何を話せばよいのだろう。

彼女について自分が知っている限りのことを必死に考えながら、話題を探してみる。だが、話すべき話題が何も浮かばない。忙しいから早く終わってほしいと内心思いながら会議室に向かった。

会議室に入ると、

「1on1だから、ヨコシマさんの気になることを何でも話してね」

とFさんから言われたので、
とっさに思い浮かんだこんな質問をしてみた。

「Fさんはキャリアコンサルタントの資格を持っておられますよね、キャリコンで得たスキルを普段の人事の仕事でどのように活用されてますか?」

続けてこう付け加えてみた。

「というのも、人事の仕事柄、職場の方々とやり取りをする機会が多いので、もっと相手の立場に寄り添いながら仕事を進めていけるように力をつけていきたいと考えています。

相手目線に立つためのスキルを身につける方法としてキャリコンを取ってみるのも1つの手だと個人的には考えているのですが、Fさんのご意見をお聞かせいただけないでしょうか?」

Fさんがキャリコンを持っていたことを思い出し、何気なく聞いてみたのだが、この質問が彼女の心に火をつけることになった。

Fさんは「いい質問ね!」と食いついてきた。そして、堰を切ったように語りはじめた。

「以前、子会社に出向して取締役をやっていた時の話なんだけど、

その当時、かつて主力だった事業が大きく傾いていた時期で、多くのエンジニアをリストラしないと会社の経営が傾いてしまうと言われてしまうような非常に厳しい時期だったの。

だけど、リストラって本当に最後の手段でしょう?

会社の信用も失われてしまうし、リストラされた従業員も家族もみんな路頭に迷うことになるじゃない?

だから、これから伸ばしていく分野(現在の主力事業)に、たくさんのエンジニアを再配置しようとしたのよ。

それが、その会社が当時設立された経緯なのね。

1000人近いエンジニアの再配置を実施する計画を立てて、一時期は毎日何人もの人たちと面談をしたわ。

だけど、新しい仕事に移った後にミスマッチを起こすのはとても不幸だと思ったから、何とかして本人の希望やスキルに合う形で再配置をしようとしたのよ。

だから、これまで歩んできたキャリアや仕事に対する思いをひとりずつ丹念に聞いていったのよ。

キャリコンで得たスキルが1番役に立ったのはそのときかしら」

Fさんは続けて語った。

会社の良さってね、働くひとりひとりの人に対して、その人がまだ知らない世界を見せてあげられることだと思うの。

もちろん、すべての人にとって本人が希望している仕事を与えることができるわけではないけれど。

でも、**新しい仕事を経験してもらうことで、ただの食わず嫌いで終わらず、その仕事が好きか嫌いかは分かると思うし、もしかしたら思いがけないところで人生の扉を開くきっかけになる機会を与えることができるかもしれない。 **

新卒で今の会社に入ってから、人事の仕事をもう30年以上ずっとやっているけれど、途中で会社の経営のために従業員の人生を少なからず犠牲にしていかなきゃいけないことに疲れてしまった時期があったのね。

そのとき、会社の利益と従業員個人の幸せのどちらのために働きたいか自分に問いかけてみたの。答えは明白で、個人の幸せだったわ

Fさんは続けて、昔の話を語り始めた。

「昔は今みたいにシェアドサービスの会社がなかったから、従業員の転勤が発生したときに社宅の手配から子育てや教育に関わる手続きのすべてを人事で面倒を見ていたの。

ひとりひとりの生活に関わるすべての部分に人事が携わっていたのよ。

今のヨコシマさんの世代は従業員個人に直接関わる機会が少なくなってしまったから、ひとりひとりの立場になって考えるのが難しくなってしまったのかもしれないわね。」

Fさんの話を聞きながら、私の直属の上司のOさん(係長・40代女性)から聞いた彼女の新入社員時代の話を思い出した。

彼女は90年代中盤に入社した。
配属先は社内のとある事業部の人事だった。
そして、配属初日に上司からいきなり出張を命じられたという。

出張先は会社から歩いていけるところにあるとある病院。そこで入院している従業員と面会してくるように、というのが上司からの指示だった。

その従業員は末期ガンを患っていた。
そして、Oさんは後から知ったらしいが当時の社内で一番指導が厳しいと有名で、多くの従業員から恐れられていたらしい。

もしかしたら当時の上司は右も左もわからない新入社員の彼女に敢えて無茶な仕事を与えて、少しからかいたかったのかもしれない。

何も知らずに面会に向かった彼女が病室に入ると、その従業員から「誰だ!お前は?」と呼び止められた。

彼女は緊張しながら、挨拶と軽い自己紹介を済ませると、お互いの緊張がほぐれたのか、「よかったら少しラウンジで話そう」とその人に声をかけられたという。

その後、彼女とその末期ガンの従業員がどんなことを話したのかはわからない。だが、彼女と一通り話し込んだ後に、その人はぼろぼろと涙を流したという。

一体、どんな思いで涙を流したのかは本人にしかわからないし、Oさんも大きく困惑したことだろう。
だが、おそらく彼女なりに右も左もわからない中で相手の心に寄り添いながら、その方の話を精一杯聞いたのだと思う。

Oさんの新入社員時代は、Fさんが語っていたように、今よりも従業員との距離が近かったからこそ、人の心に深く寄り添うような経験が日頃からたくさんあったのかもしれない。

翻って自分の話になるが、3年目を迎えて実務にも慣れて、周囲を見渡す精神的な余裕ができてきた。

だからこそ、目の前の実務だけをこなしているのではなく、その先にある人間と真摯に向き合えるようにスキルも人間性も高めていかないと自分の成長が止まってしまうと危機感を強く感じる。

個人の幸せにも思いを馳せることができるように成長したいとFさんとの1on1で強く感じた次第である。

余談になるが、1on1を実施するときは部下が話したい内容を中心的に話を進めて、上司は傾聴やコーチングを通じて部下の気づきを促すのが趣旨だと思うのだが、今回の1on1はFさんが一方的に話を続けたまま議論が終わってしまった。

当の部下の私は非常に学びもあったし、たくさんの気づきを得たと感じているので、まぁそれはそれでよいのかもしれない…。
(Fさんのキャリコン仕込みのカウンセリングスキルは私との1on1ではあまり活かされなかったみたいである)

ところで、みなさんは職場で普段どのような内容で上司との1on1を行なっているのだろうか?

差し支えない範囲で教えてもらえるとありがたい。

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