尼崎連続変死事件 角田瑠衣_02

日時場所:2015年12月3日 1000〜1540@神戸地裁202号法廷

罪名:逮捕監禁、殺人、死体遺棄、監禁、詐欺、生命身体加害略取

 関西に泊まり、前日に引き続いて瑠衣被告人の裁判員裁判を傍聴しました。ツイッターにも書きましたが、東京在住の私がホームとしている東京地裁やその他裁判所には、私と同じような常連?の傍聴マニアがおりまして、まあ平日の昼間に一日中裁判所にいれるようなヒトというのは、授業で来た小学生〜高校生や大学生、有休を取った社会人などを除くと、無職、記者、年金世代…などなど推して知るべしというジャンルの方々になるのですが、神戸にもそうしたマニアがいます。その方が法廷に入ってきたときの書記官や検察官、裁判官たちの態度が冷たくて驚きました。検察官が殺し屋のような目で一瞥し、書記官が駆け寄ってきて「携帯の電源はお切り下さい!」(←どうもケータイを法廷で鳴らしたという前科があるようです)と、傍聴席全体に言うフリをしながらどう見てもその人に向かって言っていたりしていました。

 さてこの日も前日に引き続き「久芳さん事件」についての検察官からの被告人質問です。この検察官、ちょっと頼りないどころか質問も弁護人みたいな感じで、ダラダラとすすめるため、裁判長に「テンポよくお願いしますね!」とイヤミをかまされていてそれに傍聴席も失笑するという場面がありました。どうもこの検察官の質問はイケてないと、皆が分かっている的な空気です。プレッシャーかけられるとますます質問がテンポ悪くなりそうで心配になりました。

 あと細かい話ですけど、裁判員裁判は裁判長が、証拠調べで出て来る写真や図面などの証拠を、法廷壁にかけられた大型モニターに映すかどうか決めているようなのですが、この瑠衣の裁判では写真も図面も地図も一切、大型モニターに出る事がありませんでした。別の関係者の公判では出まくっていたので、なんとかその記憶をたどり理解はできますが、困ったモノです。

 美代子ファミリーには『やたらと写真を撮る』という習性があり、久芳さん事件の現場となった万座毛で久芳さんが飛び降りる直前にも集合写真を撮っていたりして、別の関係者の公判ではそれもモニターに映されていました。沖縄の青い空の下に美代子ファミリーが笑顔で写っていて、何とも言えない気持ちになった記憶があります。また皆で夕食を食べている写真まで撮影されてて、それに写っている被害者から、暴行の傷や痣やらも確認できたりするようですが、この公判ではさっぱり見る事ができません。

 ムービーも証拠として提出されているようで、何やら再生する場面もありましたが、当然ながら映像は見る事ができませんでした。ただ、音声だけは法廷に響き、生前の美代子の肉声を聞くことができました。こんなに想像通りでいいのかってぐらいのダミ声です。

 こちらに書いた通り、死にきれず逃げたものの連れ戻された久芳さん、美代子らに暴行を受け、正座をし続けた挙句、褥瘡が出来てしまい、傷口から汁が出てくるためブルーシートの上に座らされていたそうです。そんな毎日を送っていた時、美代子が久芳さんに「お前、高いとこやったら飛び降りれるか?」と尋ね「姉ちゃん、それやったら出来る」と了承したことから万座毛の飛び降りが現実化します。平成17年6月20日に沖縄入りした一行は、犯行日の7月1日まで観光しまくります。以降はまた美代子語録で経緯を…。

「もう分かったから、謝りな、信じてるから」(死ぬ決意をするまで時間をかけてごめん、と謝る久芳さんに対して美代子の言った言葉)

「高さはどないや」(三枝子が候補地の万座毛の旅行パンフレットを美代子に見せたときの美代子の台詞)

「もう、明日にしようか」(6月30日に突然、明日決行することを告げた美代子の言葉)

「最後やから、久芳に、皆一人ずつお別れの挨拶したり」(久芳さんに美代子ファミリーの面々が最後の挨拶をするように命じる美代子の言葉)

「うちはここでお別れやからな。久芳」(7月1日当日、なぜか美代子だけ現場に同行する事を止めると突然言い出したときの言葉)

「チャンスは一回しかないからな」(集合写真の撮影のときだけが久芳さん飛び降りの機会であるという意味の言葉)

「2回同じとこに来るのは不自然やから『ハイビスカスが気に入ったから、もう一回買いにきたんや、それで写真撮って来る』と売店のオバちゃんとお喋りしいや」(前日の下見で、瑠衣被告人はハイビスカスの飾りを買っていたため、それを口実に犯行日も来たのだという説明をするよう瑠衣被告人に指示する言葉)

「形見のネックレスがほしい」(久芳さんが身につけていた磁気ネックレスを形見にとせがむ美代子)

「こっちの気分も考えや、何でいつまでも警察に色々聞かれなあかんの。そもそも撮影できる場所、あんな危ないとこ、もうちょっと管理せなあかんのちゃうか」(久芳さん飛び降り死後、美代子ファミリーが宿泊していたロッジに事情を聞きにきた警察に対して)

 瑠衣被告人の弁も紹介します。

「久芳さんがすぐに飛び降りなくて、何回か、三枝子が『もう一枚撮るわな〜』と言って、時間とっていました。だんだん不自然になってるんじゃないか、おかしいんじゃないかと焦ってました」

「なんていうかその…手とか足が普通じゃない状態に曲がっているのがハッキリ見えて、絶対死んでるやろなと思った記憶があります」

「久芳さんが死んだ次の年の沖縄旅行で美代子は泡盛を大量に買い込んでいました」

「自分で自殺してくれたと思っていました。最後の方、すごく、よく見えたというか、覚悟…決意、固まって、確かに時間かかって、でも、それ、やっと乗り越えて、固まった。よかった、立派やな、と思っていたからです。私の感覚になるんですが、自分の住んでいる世界が角田家しかないと思い込んだら、そこの人に無視されたら、そんな中で生きていかれへんって気持ちなるやろな、と。私自身が暴力がどれだけ堪えるか、身を以てわかってないんですが、家族に見捨てられるとか『なんで生きてんねん』とか、その思いのまま、輪の中で、相手されずに生きていくの、辛いと思うし、家族のために恐怖乗り越えられないのも情けないなと思う」(久芳さんは死ぬ事を強要されたか、それとも自ら死を選んだか、当時の認識はどうだったか弁護人から問われた際の答え)

「私自身、金のためという感覚飛んでて、やっと覚悟決めれた、死ぬという恐怖に打ち勝って、話綺麗に進んだというか、おかしいんですけど、二人を見て感動しているというか、そんな記憶があります」(久芳さんが覚悟を決めた際に、美代子とともに泣いていた姿を見て感じたこと)

 2008年頃、北九州連続監禁殺害事件の緒方純子の控訴審を傍聴した時、長い時間、松永に虐待を受けてきた緒方のマインドコントロールが解けているのか、当時はどういう状況だったのかということが当時の控訴審の焦点になっていましたが、この尼崎の公判ではあまりそこは時間をかけていないようで不思議になります。あと美代子が泡盛爆買いということにも驚きました。

 久芳さん死亡で得た保険金は、数年でなくなり、美代子ファミリーは再び窮する事になったそうです。

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tk84yuki

傍聴の記録

コメント5件

ありがとうございます!この続きはないので、別のものをアップさせていただきす」
待ってます!
はい!なんか先ほどのコメント、寝ぼけながら入力してて誤字おおくてすみません!
いいんです。
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