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もうやめろよ。取材続けてどうするの?――『つけびの村』完成のご報告

 つけびして 煙り喜ぶ 田舎者

 2019年7月11日、最高裁判所が上告を棄却し、保見光成の死刑が確定しました。

 note版『ルポ つけびの村』読者の皆様はよくご存知と思いますが、保見光成は、2013年夏に山口県周南市の山奥、わずか12人が暮らす金峰[みたけ]地区の郷集落で5人が殺害され、2軒に火がつけられた〈山口連続殺人放火事件〉の犯人でした。

 私が取材を始めたのは事件直後どころか、容疑者として逮捕された保見が、山口地方裁判所で死刑を宣告され(2015年)、控訴した広島高等裁判所でも即日結審、すぐに棄却(2016年)された後、2017年のことです。

「この事件、ぜったい無理だから、もうやめろよ。どこも取り上げてくれないぞ。誰も読まねえ。取材続けてどうするの?」

 夫やママ友、ファミサポさんに子どもの世話をお願いして、金峰へ出かける私に、夫はそう何度も言いましたが、これは愚痴ではなく、プロとしてのイラつきだったのだと思います。夫は、私よりも長く、ずっと週刊誌に携わっているため、私の仕事に関してはむちゃくちゃ厳しく、同時にいつも心配してくれます。
 雑誌ジャーナリズムのプロである彼の目には、「つけびの村」の取材は「空振り」に終わる可能性が高いように映っており、実際、取材を始めてからそう時間が経たないうちに、私自身の気持ちも、彼の言葉をなぞるように諦めへと近づいていったのでした。

 金峰に行った後、そもそも取材を依頼してきた雑誌には記事が掲載されず、やむなく実話誌にその断片を掲載してもらったものの、気持ちは収まりません。それでも、プロの端くれとして、第三者的に考えれば、「つけびの村」の取材はここで止めるべきだと感じてはいました。これは最近の「事件ノンフィクション作品」の定型化の流れとかかわっているのですが、一言で書けば、この取材は「売りもの」にはならないということです。

 そんななか、この取材に興味を持ち、サポートを申し出てくれたのが、小学館の編集者、酒井裕玄さんでした。「どのように形にできるのかは、分からないけど……」と言われながらも、発表するあてもないまま取材へ出かけ、戻って書いた原稿を酒井さんに読んでもらう日々が始まりました。そのうちに私は「どうせ書くなら、公募のノンフィクションの賞に応募してみよう」と思いつきました。

 ノンフィクションは売れない、と言われて久しく、一つの事件を継続して追い、それを雑誌に掲載することがだんだんと難しくなってきた現在――肩書きがある方が仕事は続けられるはず、今後も事件を取材し続けるなら、なにかハク付けのための肩書きがあった方がいい。などと、半ば安易な気持ちで酒井さんに相談し、執筆したのですが、結果は暗澹たるものでした。
 あわてて私は、原稿の一部分を、また雑誌に書かせてもらい、少しだけ原稿料を得ました。そのあとは、何人かの編集さんに原稿を送ったりしましたが、返事もなく、時間だけが過ぎてゆきます。

 やっぱり誰も相手にしてくれないなぁ……。落ち込みました。この先、事件を取材しながらどうやって生きていくか、それとも別の仕事を始めるか。コンビニバイトの求人など眺め、あれこれ考えつつ過ごすなか、お蔵入りにしていた『ルポ つけびの村』をnoteにアップしてみようと思いつきました。

 広告収入で成り立つニュースサイトがほとんどのいま、閲覧者は、記者が時間とお金を使って書いた記事を、無料で読むことが当たり前となっています。取材者側のコストを読者が慮ることのできないビジネスモデルがウェブ媒体の定番となって久しいためか、有料のウェブ記事は読まれない、と色々なところで聞いていました。なので、全て無料公開とせず、あえて途中から有料にしてみたのです。かつて、本屋さんでノンフィクションの本を買っていた方々が、もしかしたら、買ってくれるかもしれない……と。また、子供の頃に買っていた漫画本の価格が370円だったので、トータルで400円前後にしてみよう、と。

 そんなふうに『ルポ つけびの村』をアップしたのが、2018年夏のことでした。先にふれた通り、このnote版のもとになったのは、紙媒体の編集者である酒井さんと一緒に作った原稿です。……が、アップしてからも長いこと、低空飛行が続きました。
 noteの管理画面を見ながら、思いました。だめだ。もう、長編ノンフィクションを書くのはやめよう、と。私は紙からウェブに軸足を置くことにして、さまざまな媒体でストレートニュース的な裁判記事を書くスタイルに切り替え、日々裁判傍聴に邁進していたのでした。

 ところが2019年3月、note版『ルポ つけびの村』の購入者数が突然増えたのです。

 そうすると、いつも企画書を送っては無視されたり、冷たい返事をもらっていた私のもとに、逆に出版社の方々から書籍化の依頼メールが次々に届きはじめました。正直、noteにアップした時点で、紙媒体……書籍に対しても、ある種の諦めを持っていました。ノンフィクションの書籍は、根底に社会問題がテーマとしてあり、読者には何らかの明確な答えを提示する……そんな最近の『定型』にハマっていなければ、書籍にできない、そう思っていたからです。冒頭で、夫が「もう取材をやめろ」と言ったのも『ルポ つけびの村』が、その定型から逸脱していたからに他なりません。

 ですがnote版『ルポ つけびの村』を書くにあたりお世話になった方々に対してきちんと形に残したい、そして書籍に記したもう一つの理由から覚悟を決め、いち早く連絡をくださった晶文社の江坂祐輔さんと一緒に書籍化に挑戦することにしたのでした。

 そして、長編ノンフィクションを書くことをやめていた私に「長編を書いた方がいい」と会うたびおせっかいなことを言って私を内心イラつかせていた友人の藤野眞功さんにも外部編集者として入ってもらい、「チームつけび」が結成されました。

 いつも、にこにこしている江坂さんは柔らかくて不思議な人です。毎週のように日本刀を振って、居合の鍛錬・指導をしているのに温厚そのもの。私の原稿への赤字も、その人柄が滲み出ていました。神保町のロイヤルホストでの打ち合わせの時は、厚かましい私と藤野さんが、いつも早めに店に入ってクラブハウスサンドを平らげているのに、仏の心で何も言わず支払いをすませ、背筋の伸びたきれいな一礼をみせて去ってゆきます。

 対して、東南アジアへ取材に出向き、山奥で鼠や蛙を食べているときも原稿を細かくチェックし、良い悪いをビシッと返してきながら「おつかれさん」と一言添えるのを忘れない藤野さん。

 ウェブ上の人格では、できるだけ大人であろうとしていますが、リアル世界ではとにかくせっかちで、短気な私。

 そんな「チームつけび」でしたが、一冊の本は私たちだけでは形になりません。もう一度、ゼロからスタートするつもりで読み直し、ふたたび金峰地区と郷集落を訪れ、悔いのないよう徹底した追加取材をおこないました。そのため、書籍版では、初校ゲラから再校、三校、四校と終わりの見えない作業が続き……そんな修羅場で、神業的な正確さと粘り強さ、集中力を発揮してくださったフリー校正者の長本奈津子さん。
 事件ノンフィクションの書籍といえば、黒い背景に赤や白の明朝体でタイトルが描かれている表紙や、やたらにクールな当事者の顔写真が鎮座するデザインがスタンダードな中、今まで見たことのないような素敵な装丁を提案してくださったデザイナーの寄藤文平さんと鈴木千佳子さんなど、多くの方々に助けられ、書籍『つけびの村』は、ようやく世の中へ旅立ってゆきます。

 表紙をみて、驚く方もいるかもしれませんが、なんと、伝説的な音楽プロデューサーの藤原ヒロシさんから、帯の言葉をいただきました。note版『ルポ つけびの村』が色々な方に読まれるなか、藤原ヒロシさんがSNSで言及してくださっていたことを知り、不躾なことと知りつつも、直接インスタからDMをお送りしたところ、わざわざ時間を割いて会ってくれただけでなく、帯文まで快くお引き受けくださったのでした。感謝しかありません。なにより嬉しかったのは、藤原さんが正真正銘、本気の「事件ノンフィクション好き」だったことです。六本木のおしゃれなカフェで、木嶋佳苗から下山事件まで縦横無尽に語る藤原さん。最高でした。

 そして最後に、この書籍化は、note版『ルポ つけびの村』をお読みくださり、拡散してくださった皆様がいなければ、決して実現しませんでした。
 改めて、本当にありがとうございました。

 そういえば一昨日、リビングのソファの上に、私が放置していた山盛りの洗濯物を夫が手早くたたみながら、ポツリと言いました。

「こんなことになるんだもんなあ……びっくりだよ」

 とても嬉しいひとことでした。

 この約3年間、note版『ルポ つけびの村』、そして9月25日に発売される書籍『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)を書いているとき、私は自分の中にもある、〝長編の事件ノンフィクションはこうあるべき〟という常識……いや、偏見をいったん全部脇に置いて、取材と執筆に没頭していました。

 そして、ノンフィクションにはもっと色々な形があってもいいんじゃないかなと、やっぱり思ったのでした。
 暗い澱が溜まっていかなくてもいいし、鉛色の空が広がっていなくてもいい。
 物語の最後に、どういうわけか生暖かい風が頬を撫でなくてもいい。

 追加取材と大幅な加筆修正をおこなった書籍『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)は、note版の2倍、約300ページの一冊になりました。

 秋の夜長に、小旅行の際に、自由にお読みいただければ何よりです。

刊行にあわせ、9月と10月にイベントを予定しております。詳細は決まり次第追ってnoteにて告知させていただきますが、概要のみ、以下に記します。

9月22日夜 新宿・ロフトプラスワン
 出演:チームつけび
 ゲスト:柳下毅一郎さん(ほか)

10月8・9日夜 八重洲ブックセンター・紀伊国屋書店新宿本店
 村井理子さんとの2夜連続イベント

10月15日夜 青山ブックセンター
 タイトル:「ノンフィクション万歳!」
 出演:水谷竹秀さん(ノンフィクション作家)、広野真嗣さん(同)、チームつけび

10月31日夜 下北沢 書店B&B
 出演:山口紗貴子さん(弁護士ドットコムニュース・副編集長)、チームつけび、ほか


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高橋ユキ。フリーのライター。1974年生まれ北九州育ち。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など。info@kasumikko.com

ルポ「つけびの村」書籍化の記録

ルポ「つけびの村」書籍化に向けてのさまざまな記録
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